1.31.2018

南国科学通信:第5回 流星群の夜に

全卓樹
第5回 流星群の夜に


流れ星はどこから来たのだろうか。

流星に願いをたくならわしは、昔から世界中に広く行き渡っている。予告なく現れて、一瞬の光芒とともに消え去る流星は、天界からつかわされた僥倖ぎょうこうの使者のように思えるからだろう。

流れ星は天の星が落ちて来たもの、という我々の素朴な推論は、古代の学術界では否定されていた。アリストテレスの著作には、流星は大気圏内の現象であって天界とは無関係、と書き残されているのである。

しかしこの場合は、学者たちの説よりも素朴な理解のほうが、真実に近かったことになる。現代の天文学によると、流星の正体は、彗星すいせいや小惑星がその軌道上に撒き散らす、直径10cmほどの岩石や氷の欠片かけらである。これが地球の重力に捕らわれて、大気中を燃えながら落ちていくのが流星なのである。地球が彗星や小惑星の軌道上にある欠片の多い場所を通過すると、一時間に何十もの流れ星が降り注ぐ流星群となる。


しし座流星群。
1868年11月13日~14日の夜12時から5時にかけて観察されたもの。
Trouvelot, E. L.
NEW YORK PUBLIC LIBRARY
しし座流星群は1833年には北米で1時間あたり5万個、
1866年には1時間あたり6千個が観察されたという。


たいていの流星は大気中で燃え尽きてしまうが、なかには大きすぎて燃え残り、地上まで落ちてくるものがある。これが隕石だ。隕石の成分は地表のほかの物質とはっきり異なっていて、元になった彗星や小惑星の構成要素を推測する手がかりとなる。

場合によっては欠片ではなく、彗星や小惑星がほぼそのまま降って来ることもある。ごく最近でも1994年7月に、シューメイカー=レヴィ第9彗星が木星軌道に捕らえられて、木星の潮汐力で20以上に分解させられた末、次々と木星表面に飲み込まれていくのが見られた。


木星に落ちた
シューメイカー=レヴィ第9彗星の衝突痕
(衝突痕は地球とほぼおなじ大きさ)
Hubble Space Telescope Jupiter Imaging Team


木星に比べて重力の弱い地球では、このような直接の衝突はずっとまれであるが、それでも何千万年に一度くらいは起きているはずである。仮に直径数10kmの彗星がそのまま降って来ると、そのエネルギーは人間が現在保有する核兵器全部の数万倍となる。複数の強い証拠から考えて、実際に今から6600万年前、巨大流星が地球に降ってきて、巨大地震と津波そして十年近く続く噴煙による「隕石衝突の冬」を引き起こしたらしい。地上の生物の95%が死に絶えた、いわゆる「中世代=新世代境界」の大絶滅である。そしてこの特大流星のおかげで、恐竜がほぼ絶滅して哺乳類が地上の主人になった。このことを考えれば、人間が流れ星を美しいと感じてそれに願いをかけるのは、とても理にかなったことにも思えて来る。

流れ星がもたらすものは、破壊と生態系の交代にとどまらない。地上にある水の少なくとも一部は、巨大な彗星または小惑星が地球と衝突したことでもたらされた、とする説が有力である。また生命の基礎となる有機物の多くが、地上でゆっくり生成されたのではなく、彗星起源の隕石に付着して地上にもたらされたとする学説もある。それどころか原始生命そのものが宇宙起源だとする説、いわゆるパンスペルミア説も、生物学界や天文学界の一部に根強く存在するのだ。

流れ星なしでは、おそらくは読者諸氏が今、この文をこうして読んでいることもなかっただろう。一瞬の光芒とともに消え去る流星は、天界から遣わされた僥倖の使者であり、人間の生存のための要件の一つだったのである。


ではいったい、流れ星の母体である小惑星や彗星はどこから来たのだろうか。

彗星と小惑星とはとても似ていて、まわりが気体で覆われて尾っぽがあるかどうかで区別する。小天体が水を含んでいて十分太陽に近づくと気化して尾を引くので、尾があるかないか、彗星か小惑星か、どちらとも判別しにくいものもある。

小惑星は木星と火星のあいだにある「小惑星帯」から迷い込んで来たものが多い。いわばなじみのご近所さんからの訪問者である。一方大多数の彗星はずっと遠い無案内な場所、太陽系の外側の世界に起源をもつ。彗星は太陽をめぐる「周期」、すなわち同じ場所に戻って来るまでの時間で二種に分類する。周期が二百年以下のものが短周期彗星、それ以上の周期をもつのが長周期彗星である。周期の長い彗星はそれだけ太陽から遠く離れた地点まで達している。つまり周期の長さは、彗星が元々どこから来たかをも告げている。



1734年の彗星
Watson, James C., "A popular treatise on comets"
1861
internet archive



短周期彗星は「カイパー・ベルト」から来ている。これは火星を越え木星を越え、土星と天王星を越えたさらに先、太陽系の最も外側の惑星である海王星の外に広がった円環状の領域である。太陽から地球までの距離の約三十倍から百倍あたりまでにわたるこの寒冷地帯には、氷主体の小天体が無数に散らばっている。カイパー・ベルトにはまた、冥王星やエリスなどの「準惑星」も回っていて、これらは偶然近づいた小天体の軌道を大きく曲げる。小天体同士が衝突して軌道が変わることもある。軌道を曲げられた小天体のうち、地球のある太陽系中心部に向かって落ちて来たものが彗星となるのだ。カイパー・ベルトの円環が地球の公転面上にあるため、短周期彗星はすべて、地上から見るとおおよそ太陽の往く天上の軌跡上に出現する。「パイオニア号」「ヴォイジャー号」といった人間の送り出した宇宙船が、すでにカイパー・ベルトにまで達し、一部はさらにそれを越えて進んでいる。


太陽系と彗星の軌道
Adam and Charles Black
1885
Library of Congres
青字は小惑星帯に属する小惑星。

長周期彗星は桁違いに周期の長いものが主である。その起源は地球軌道半径の1万倍から10万倍の遥か彼方、遠すぎて惑星たちも見えなくなり、太陽の重力がほかの星々によって打ち消される限界近くにまでおよぶ。光速で行っても太陽からひと月から一年もかかる場所である。歴史的な大彗星の多くはこの長周期彗星に属している。長周期彗星は地球公転面に対してあらゆる角度の軌道をやって来るので、地上から見て天空のあらゆる方向に出現する。

してみると地球軌道半径の数万倍、太陽から幾兆キロ離れた極寒地帯に、太陽系を分厚い球殻状におおう彗星のたねの集積があると考えざるを得ない。この事実に気づいたオランダの天文学者ヤン・オールトにちなんで、この太陽系のシベリアともいうべき最果ての領域は「オールトの雲」と呼ばれる。ここにはてついた小天体が一兆ほどもあると考えられている。太陽系に近づいたほかの恒星の影響や、オールトの雲のなかの小天体同士の衝突で、太陽系中心方面にはじき飛ばされて来たものが長周期彗星なのである。


オールトの雲は地球からあまりに遠く、その性質も起源も謎のヴェールに包まれているが、これを巡っては近年「ネメシス仮説」という興味深い議論が提出されている。それによると太陽は実は二重星で、未発見の暗く小さな赤色矮星わいせいまたは褐色矮星の伴星「ネメシス」があって、オールトの雲の近くをまわっているというのである。もしそうならば、オールトの雲をネメシスが横切るたびに、たくさんの彗星が発生して地球付近を襲い、地球生命の大絶滅が繰り返されるだろう。1984年、シカゴ大学の古生物学者デビッド・ラウプとジャック・セプコスキーは、過去2億5千万年の地層を研究して、まさにちょうど、そのような2千6百万年周期の地球生命大絶滅の痕跡を発見したのであった。

太陽に伴侶の星がいるのかもしれない。その暗い伴星が数千万年に一度、昼空までをおおう彗星の嵐、めくるめく流星の雨を地球にもたらすのだ!

それはなんという戦慄すべき仮説だろうか。さらに最近の理論的研究によると、ほぼすべての恒星は単体ではなく連星として生まれるのだという。ネメシス説への側面支援である。実際太陽の近辺にいる星を見ても、ケンタウルス座アルファ星は三重星、おおいぬ座シリウスは二重星、こいぬ座プロキオンも二重星と、連星ばかりである。

太陽付近での赤色矮星、褐色矮星の徹底的な検索が行われた。しかし未だネメシスは見つかっていない。さらに最近ではラウプ=セプコフスキーの周期絶滅説自体を疑問視する新研究が現れた。昔はいたネメシスが数十億年前に外宇宙に飛び去ったという説まで提出されて、太陽の秘密の伴星をめぐる混乱はいよいよ深まってきた。太陽近隣の暗い星の発見に特化した新しい観測装置の準備が進んでおり、ネメシスの探索は今も続いている。

彗星たちは太陽系の最遠部の神秘を宿やどしたまま地球軌道を訪れる。彗星たちの欠片である流星群は、まさに深宇宙から差し向けられた秘密の伝令なのだ。


春たけなわ4月末のある夜、それは「こと座流星群」のピークの日であった。高知工科大キャンパスの真っ暗なグラウンドのまわりに、ひさびさの天体ショウを見ようと人々が集まっていた。学生たち、子供連れの夫婦。若いカップルたち。天体写真家だろうか、大層な撮影ギアを抱えた自由人風の男性もいる。夜半を優に超えてもだれも帰ろうとはしない。

「12個目を見つけたよ」とあどけない声の少年が、席を外して戻ってきた母親に話す。という間もなく、一斉に歓声が上がった。東の空を見事な火球が、青白い尾を長く引いて、織姫星ヴェガから白鳥座の大十字へと落ちていった。鮮烈な忘れがたい光景であった。

そうだ、歓呼の声をあげようではないか。太陽系の尽き果てる幽冥ゆうめいの彼方から、我々の元に使者が訪れたのだから。

Telescope teachings:
a familiar sketch of astronomical discovery

by Mary Ward
internet archive


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