7.23.2018

南国科学通信 第8回 三人よれば文殊の知恵

全卓樹
第8回 三人よれば文殊の知恵

あやまちは誰にでもある。しかし世にはあやまちが決して許されず、完璧に近い精度が要求される物事が多くある。道路の赤信号が誤作動して青になることは、たとえ100万に1でもあってはならないだろうし、銀行の出入金管理は最後の1円に至るまで、常に正しいことが期待される。われわれの業界でいえば入試成績の取り扱いなどもそうである。

そのような場合によく行われる対応が、判断者を単体ではなく複数にして事にあたるやり方である。いま探偵事務所に偽札の鑑定の依頼が来たとしてみよう。所員である探偵と秘書と探偵見習いの3人とも、偽札の扱いはお手のもので、9割の確度で正しく行えるとする。三人がそれぞれ互いに影響されずに独自に鑑定を行い、結果を付き合わせて、齟齬そごがある場合は多数決で鑑定結果を出すことにしたらどうなるであろうか。

三人ともが正しい判断をする確率は 0.9 x 0.9 x 0.9 = 0.729 である。二人が正しく一人が間違える確率を考えると、まず特定の誰かが間違えて後の二人が正しい確率が 0.1 x 0.9 x 0.9 = 0.081 なので、誰が間違えるかに探偵、秘書、見習いの3通りあることを考えれば、それは 3 x 0.081 = 0.243 である。結局三人で鑑定を行ってニ人以上が正しく判断する確率は 0.972 となる。

つまり一人で9割の正確さでできる事を3人で行って多数決をおこなうと、その確度は9割7分以上に向上する。もし各個人の確度が9割5分だったとしたら、3人による多数決の確度は、同様のやり方によって、9割9分を超えていると計算できる。

「三人よれば文殊の知恵」といった昔の人は、当然この事実に気づいていたのだろう。判断する人数を3人でなく5人、7人と増やすとさらに精度が上がってくる。

インターネット上のデータのやり取りでは、同等なデータを複数送っては所々で多数決をとる「エラー補正アルゴリズム」が必ず内臓されている。実際エラー補正なくしては、通信に混入する雑音のために、安心して通販の注文もできないことになる。

さてここで、読者諸氏にクイズをやってもらう事にしよう。まず直感的に答えてみて、それから確率計算に慣れている人は、鉛筆を動かして数字を出してみてほしい。

探偵事務所に偽札鑑定の依頼があって、所員3人での多数決で鑑定をおこなうところまでは同じだが、探偵と秘書は9割の確率で正しく偽札をみやぶれるが、探偵見習いの鑑定力が少し劣っていて、6割の確率で正しい判断ができるとしてみる。この場合、正解率9割の探偵か秘書どちらか1人に業務を全部任せるのと、3人が集まって多数決で判断するのと、どちらが上策だろうか。


The Memoirs of Sherlock Holmes


いきなり答えを言う前に、ヒントを差し上げよう。

上の問題の判断力が低い見習いを、デタラメにボタンを押して答えを出すサルで置き換えてみる。サイコロの目で答えを出すと言っても同じである。サルは札を見さえしないので、その判断は当たるも八卦はっけ当たらぬも八卦で、正答率は5割となる。9割の正答率を持つ探偵と秘書に5割の正答率のサルを加えて多数決を取ると、正しい判断に至る確率は増えるだろうか、それとも減るだろうか。

探偵と秘書の判断が割れた場合には、サルの答えによってランダムに、どちらか1人が多数決に勝ち、その人の判断に従うことになる。これをよく考えてみたら、実はサルはなんの役割も果たしていない。いずれにしても鑑定に当たっているのは、確率9割で判断できる探偵か秘書なのである。つまり確率5割で判断が当たるサルを多数決に混ぜても、混ぜない場合にくらべて判断の精度は上がりも下がりもしない。

いまや問題の答えは明らかであろう。ヒントの場合と比べて、本来の問題では、正答確率5割のサルが、確率6割の見習いで置き換わっている。だとすればヒントの場合に比べて、問題では状況はより改善されている筈である。つまり正答率9割の探偵ないし秘書が一人で判断する場合よりも、正答率9割の探偵と秘書の2人に、正答率6割の見習い1人を加えて多数決で鑑定を下した方が、より正確な判断ができることになる。

きちんとした数字が欲しい人のために書くと、3人ともが正しく判断する確率は0.9 x 0.9 x 0.6 = 0.486 、二人が正しく判断して一人が間違う場合が三つあって、それぞれ確率が 0.9 x 0.9 x 0.4 = 0.324 、0.9 x 0.1 x 0.6 = 0.054 、0.1 x 0.9 x 0.6 = 0.054 となるので、多数決で正しい判断に至る確率は 0.486 + 0.324 + 2 x 0.054 = 0.918 、すなわち9割2分弱である。

いくらダメな奴に見えても、デタラメを出すサイコロよりましならば、やはり仲間に加えて一緒に仕事をした方がいい、というのが結論になる。


筆者は少し前に、インターネット上の不特定の250人ほどの人々を対象に、これと同じクイズを行ってみた。計算しなくてもいいから直感的に答えて欲しい、と言う注意書きとともに。結果はほぼ半々で、「判断力の少々低い人も加えて多数決を行うのが良い」と正しく答えた人が51%、「判断力の低い人は排除して事に当たる方が有利」と感じた人が49%であった。

これをみる限り、どうやら人々は、多数の合意を必要以上にないがしろにするようであり、相対的に能力の低い人に必要以上に不寛容なようでもある。これがネット上で露わになる人々の特質なのか、あるいは時代を反映した現代人全体の傾向なのか、はたまたこれが昔からの人間の性なのか、それは筆者にはわからない。

三人寄れば文殊の知恵

いずれにせよしかし、このありがたい言葉を、今一度かみしめようではないか。


three angels
The British Library



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