12.17.2018

南国科学通信 第11回 ベクレル博士の遥かな記憶

全卓樹
第11回 ベクレル博士の遥かな記憶

Dédié à l'anniversaire de Yumi

(悲しいことであるが)放射線強度の単位「ベクレル」は、今では誰もが知る一般常識である。放射能をはじめて見つけた19世紀フランスの物理学者、アンリ・ベクレルにちなんだ名前である。

時は1895年、欧州は「人体を透過する新しい光」X線の発見にいていた。X線、またの名をレントゲン線は、それまでの科学では全く予想されなかった、不気味な新現象であった。「世のすべては原理的に解明されている」とする当時の物理学界の雰囲気は、一夜にしてくつがえされた。強大な力を秘めた光が、他にもまだ気づかれぬままに存在するのではと、多くの人が疑いはじめた。


女性の手
Josef Maria Eder, 1896
メトロポリタン美術館


パリ自然史博物館の主席研究官アンリ・ベクレルは、レントゲンの論文を精読して考えた。目に見えぬX線が蛍光物質を塗った紙を光らすのなら、蛍光物質に光を当てることでX線を作れないものか。あるいはX線以外の、さらに未知の光が見つかるかも知れない。

彼は太陽光を様々な手持ちの物質に当てて、物質が蛍光を発するかを調べ始めた。すぐに彼の注意を引いたのは、「ウラニウム塩」が太陽光にさらされて発する燐光りんこうであった。これはボヘミアングラスの美しい緑の発色に使われていた顔料で、ズデーテン山系はカールスバードの温泉街に近い、ヨアヒムスタール銀山のみで産出する希少な素材である。

自分自身にも説明のできない奇妙な予兆を感じたベクレルは、陽光にさらしたウラニウム塩を厚い黒紙に包んで、十字架を間に挟んで写真乾板の上に置いた。

数日放置して取り出した乾板を現像すると、彼はそこに案の定、十字架の影を除いて真っ白に感光した写真を見出した。太陽光を浴びたウラニウム塩は、燐光だけでなく、黒紙をも通す目に見えない何かを放射していたのだ!

これはX線だろうか。実験を続けるうちに、この未知の放射線が周りの空気を激しく電離させている事をみつけた。どうやらレントゲンの発見したX線より、はるかに強いエネルギーを持っているようである。それは透過するというよりも、目には見えぬまま物質を打ち、貫通するのであった。

最後の僥倖ぎょうこうが曇り空の姿でやってきた。1896年の2月のパリに、太陽のない暗い日々が続いた。実験は中断され、ウラニウム塩は黒紙に包まれたまま、実験室の棚にしまわれた。晴れの日がようやく訪れ、実験を始めようと試料の検証を始めたアンリ・ベクレルを驚愕が襲った。ウラニウム塩を包んだ黒紙の下に、偶然置かれていた写真乾板がすでに感光していたのである。十字架の影もくっきりと浮き出ていた。ウラニウム塩は陽光をまったく浴びなくとも、自分自身で自然に未知の放射線を放っていたのだ。

人類が放射能を初めて識った瞬間である。

アンリ・ベクレルは、はるかな記憶の奥底で何かがうずくのを感じた。

寝床ねどこについてから、封印が解かれたように、少年時代の思い出がありありとよみがえってきた。父エドモンが、家族の夕食の席で何度か持ち出した不思議な話であった。当時パリでよく知られた「ニエプス・ド・サン=ヴィクトル写真館」で、ウラニウム塩の画材で絵を描いた布と、塩酸銀えんさんぎんの感光紙とが、偶然並んで少し離して吊るされていた。すると布の絵が感光紙のほうに、そのまま写っていたというのである。

後から思えば、この時すでに放射能が人知れず姿を現していたのだ。絵柄に使われたウラニウム塩の放つ放射線が、平行に離れて置かれた感光紙に当たって、元の絵の似姿を作っていた訳である。


タルボットの妻、もしくは妹
William Henry Fox Talbot c. 1842
シカゴ美術館


アンリの父エドモンは当時パリ自然史博物館の主席研究官であった。父の没後アンリが継ぐこととなった地位である。ちなみにアンリ・ベクレルの学術論文のどの箇所にも、写真館の写し絵についての言及は見出せない。

ベクレルの自然放射線発見のニュースは、またたく間に欧州中に広まった。時をおかず同じパリで、キュリー夫妻による追試が行われた。ラジウムそしてポロニウムと、ウラニウムの他にも放射性元素が存在することが示された。ウラニウム放射線の正体は超高速に放出されたヘリウム原子核であること、それはウラニウムが崩壊して他の元素に変化する際の放射物であることが、次々と明らかになった。このようにして世紀が改まる間際に、核分裂と高エネルギー放射線の原子核世界が、人類の前にそのおそるべき姿を現したのである。

ウラニウム放射能の発見から12年、アンリ・ベクレルは白血病で55歳の生涯を閉じた。彼がいったい何百万ベクレルの放射線を浴びたのか、今となっては知るよしも無い。


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