1.15.2015

伊勢崎賢治「本当の戦争の話をしよう」まえがき+目次

まえがき+目次  
伊勢崎賢治さんの『本当の戦争の話をしよう ――世界の「対立」を仕切る』を1月15日に刊行いたしました。伊勢崎さんが「気がついたときには、こちらが丸裸にされていた」と語る5日間の講義録。扱うテーマは「テロリスト」との戦い、「自衛」と戦争の関係、国連の武力行使のジレンマ、著者がかかわった国での核の問題についてなど。現場の迫力に触れ、日本内部の視点をちょっと抜け出て、生涯出会うことのない異なる価値観と出会う時、何がもたらされるか。それを体感できる講義を目指しました。「まえがき」と目次を公開いたします。全国の書店さんで、ぜひお手に取ってみてください。(編集部)

まえがき

2012年1月8日、日曜日。

雪がチラホラ降るなか、初めて訪れた福島県立福島高等学校は、東日本大震災で2つの校舎が使用不可能になっていた。

底冷えのするプレハブ仮設校舎に入り、足を床に付けるたびに周囲の壁、天井が震えるあの独特の感触のなか、休日の誰もいない静まりかえった廊下をしばらくたどると、かすかにざわめきが聞こえて来る。ドアをあけると、総勢18名の高校2年生。

このときの僕は、ガチガチに緊張していたと思う。

相手は多感な年頃である。子供には、理想を思い描き、没頭する特権がある。そうであればこそ、冷たい現実のなかで彼らに知らせなくていいものは、確かに存在する。2人の息子の親として、そう思う。

本書の企画は、僕の講義の相手をずっと探していた。福島高校になった経緯は、あとがきに譲るが、僕の経験のどこまでを知らせていいのか。実は、この初日までまったく焦点が定まっていなかったのである。

僕は国際紛争の現場で、戦闘を止めさせるために、武装勢力の犯罪を反故にしたり(なぜなら罰されるとわかっていて銃を下ろすわけがないから)、アメリカが破壊した国を、アメリカの利益になるように作り替えたり、それが上手くいかないとなると、テロリストと呼ばれた人間たちとの和解を模索したり……。つまり、戦闘がない状態を「平和」、悪いことをした人間を裁くことが「正義」だとしたら、両者が必ずしも両立しない現実を経験し、いや、そういう現実をつくる当事者としてやってきた。

僕の経験と知見(そう呼べるとしたら)は、あくまで、彼の地における異邦人としての立ち位置のものである。つまり、国際紛争の当事者たちとは、密接にかかわることがあっても、決定的な壁が存在する。彼らが被る、生存にかかわる「脅威」を理解できても、共有することはない。
しかし、2011年の大震災と東京電力福島第一原発事故では、日本人として僕自身が「脅威」を共有することになった。

「脅威」は、時に人間に、それから逃れるための究極の手段として、戦争を選択させる。

「平和」と「正義」の関係は一筋縄ではいかなくても、やはり、何の罪もない一般民衆が、自らがつくったのではない原因で命を落とすことは、何とか最小限にとどめたい。でも、その「脅威」の形成に、実は、罪のない民衆自身も主体的にかかわっているとしたら。

こんな自問自答が、日本に落ち着き、大学に身を置くようになって以来、日増しに強くなっていった。僕自身、当事者としての「脅威」の実態を見つめる機会と仲間がほしかった。

福島高校の彼らは被災者である。さらに、原子力産業というひとつの構造的暴力の被害者側にいる。ヘタなことを言ってガラス細工のように壊れちゃったら……。

杞憂であった。

彼らのほうが冷静で、かつ辛辣な観察にユーモアを添える余裕も持ち合わせていた。5日間延べ20余時間に及ぶ授業のなか、僕自身が「日本人のありよう」を思い知らされる場面があったのだが、そんなときも、うろたえる僕を慮るおおらかささえ感じた。

震災、そして原発事故という非日常のなかにいた彼らと、国際紛争という通常の日本人には非日常な世界を、単に知識・情報の伝達ではなく、どこまで共有できるか。

その試みは、予想以上にスリリングであった。

本書は、出版まで2年余を要している。そのあいだ、彼らとの講義で扱った国際情勢は、残念ながら、悪化の方向に目まぐるしく変化している。彼らとのやり取りの上に加筆させてもらった。

<まえがき・了>




目 次

まえがき

講義の前に――日本の平和って、何だろう?

「経験者の話」を聞く前提
日本は平和ですか?
小さなもめごとがあるほうが、平和にはちょうどいい?
日本の平和は何のおかげ?
「ならず者国家」は無軌道?
平和と戦争はあいまいだ
戦争のルールは、どこまで有効?

1章 もしもビンラディンが新宿歌舞伎町で殺害されたとしたら

23歳でインドのスラムに入り浸る
「分断」を束ねるには
「紛争屋」となり、アメリカの戦争に巻き込まれてゆく
もし歌舞伎町でビンラディンが殺害されたとしたら
首都から近い、閑静な住宅街で
自国民を「敵」にしなければならないパキスタン
日本人の主権意識が「平和」の源?
「テロリスト」と命名されるとき
僕らは「テロリスト」の人権を考えなかった
「NGOワーカー」だった? オサマ・ビンラディン
「イスラム版ロビン・フッド」だったタリバン
ビンラディンの「人権」問題

2章 戦争はすべて、セキュリタイゼーションで起きる

小さな町の国際紛争――シーシェパードと太地町
戦争を「つくる」
戦争プロパガンダを「毒消し」する
自衛は「固有の権利」です
家に鍵をかけない方法
9条と自衛隊
シュウダンテキジエイケンって、何?
自衛が対峙する「敵」が変わってゆく
「このままでは大変なことになる」――セキュリタイゼーション
悪を阻止するためなら――「仕掛け人」の正義
日本で「セキュリタイゼーション」を起こすとしたら
脱セキュリタイゼーションを生む能力
政府が「安全」を民間から調達するとき
暴走してゆく自警団

3章 もしも自衛隊が海外で民間人を殺してしまったら

国連は官僚組織
「拒否権」で消防署が動かないと……
怖いのは、武器ではなくて人間です
「敵のいない軍隊」による軍事作戦
現場の国連平和維持軍は見ているしかなかった
『ブラック・ホークダウン』が描かなかったこと
「保護する責任」が実行されるまで
「保護する責任」は、どんなとき、どうやって使うべき?
海外派遣に慣れてゆく自衛隊と日本人
「自衛隊を送る軍事的ニーズは、現場にはありません」
武器をもった「中立」ってありえるのか?
お金だけ出すって、恥ずかしいこと?
自衛隊が、もし海外で民間人を殺してしまったら?
戦争の「火の用心」を実現するには
軍人が非武装で介入するとき
「首をつっこまなくてもいいんじゃないか」

4章 戦争が終わっても

9条ディベートって、何のため?
非暴力は、軍隊を否定すること?
国をゼロから立ち上げるとき、まず必要になるものは?
初代大統領が「非軍事国家に」と言ったのに
果たせなかった「やわらかな国境」
ゼロから軍をつくるとき
世界で試みられている「やわらかな国境」
なぜ日本では、復讐が連鎖しなかったのか?
「なぜ日本人はアメリカを愛するのか?」
完全勝利で平和が成し遂げられた国――スリランカの場合
真実を究明すべきか、平和のために忘却すべきか
50万人を犠牲にした戦争犯罪を、平和のために赦す?
僕がつくった学校の生徒が、虐殺する側の兵士に
「子供司令官」の戦争犯罪は、罰するべきか
その場、その時に合った「人権」をつくってゆく

5章 対立を仕切る

9条はいつまでも結論が出ない?
「良い世の中に」という思いが、世の中を傷つけるとき
対等、主体性って、何だ?
9条“で”変わる?
ババ抜き状態だった武装解除
「利害のなさそうな介入者」だけができること
「日本の支援は、武装組織のためには使えない」
ドイツの葛藤と「本気度」
力の空白はなぜできたのか
日本の「美しい誤解」
テロリストと「和解」すると、何が起こるのか
9条が変わって得する人、損する人は誰?
アメリカ大好きと言いながら、戦争を止めることは可能か?
「タリバン化する」核兵器保有国
武力衝突がエスカレートしなかったのは、核のおかげ?
核の「後出しじゃんけん」は、個人でもできる
世界は福島から何を学んだか
冷たい現実と隣人の動向を踏まえて
対立を仕切る力
講義を終えて

あとがき


題辞(本の装丁デザイン)=寄藤文平+吉田考宏(文平銀座)
絵=伊勢崎賢治

[著者紹介]

★「講義の前に」と第一章を公開しています


伊勢崎賢治
『本当の戦争の話をしよう』

朝日出版社Amazon
プレハブ校舎にて、「紛争屋」が高校生に本気で語った、日本人と戦争のこれから。
「もしもビンラディンが、新宿歌舞伎町で殺されたとしたら?」「9条で、日本人が変わる?」「アメリカ大好き、と言いながら、戦争を止めることは可能か?」

伊勢崎さんがこれまでやってきたこと、見てきたこと、とりかえしのつかない失敗。すべて正直に、自身の経験・視点をひとつの材料として高校生に伝えながら日本と世界が抱える問題を考えてゆきます。