1.13.2015

伊勢崎賢治「本当の戦争の話をしよう」第四回

第4回
伊勢崎賢治さんの『本当の戦争の話をしよう ――世界の「対立」を仕切る』を1月15日に刊行します。伊勢崎さんが「気がついたときには、こちらが丸裸にされていた」と語る5日間の講義録。引き続き、1章の一部をお届けします。2001年の9.11と、2011年5月2日のアメリカの特殊部隊によるオサマ・ビンラディン殺害。荒唐無稽だと思うかもしれないけれど、設定として考えてみましょう。「もしも歌舞伎町でビンラディンが殺害されたとしたら」。(編集部)

1章
もしもビンラディンが
新宿歌舞伎町で
殺害されたとしたら(その2)

もしも歌舞伎町でビンラディンが殺害されたとしたら

テロリストとの戦いのきっかけとなった9・11に話を戻しますが、この事件が起きたとき、繰り返し流れたメディアの映像で、みなさんの印象にいちばん残っているのは、ワールドトレードセンターの崩壊でしょう。ちなみに、設計した人って、誰か知ってる?

確か日系人って。

そう、ミノル・ヤマサキという日系アメリカ人の建築家です。ところで、9・11は自作自演である、つまりアメリカ自身がやったんじゃないかっていう陰謀説があるのを知っていますか?

ビルの崩れ方が異常だったとか、突っ込む前に下から爆風が出ていたとか、聞いたことがあります。

確かに予想外な崩れ方でした。旅客機のジェット燃料の火災の高熱で、ビルの主構造である鉄骨の強度が落ちたとか、旅客機が高速でぶつかった衝撃波が共鳴して、鉄骨構造を一気にバラバラにしたとか、いろいろなことがいわれています。

僕はイスラムの世界で仕事することが多いのですが、民衆レベルでは陰謀説が根強くて、今でもさかんです。アルカイダは反米とともに激しい反ユダヤを掲げているから、アメリカを本気で怒らせるためにイスラエル諜報機関が仕組んだとか。陰謀説って面白いし、人を魅きつけるものです。戦争は、軍産複合体など一部の人たちを儲けさせるし、ナショナリズムも高揚する。それを利用したい政治家もいるはずです。まあ、陰謀説はちょっと置いておいて、9・11が起きた背景を考えてみましょう。

オサマ・ビンラディンの家族はサウジアラビアのすごいセレブ一家ですが、アメリカ政財界との長く深い付き合いは、公然の事実でした。サウジアラビア王家から聖地メッカなどの大規模建設事業を請け負い、その信頼関係から、サウジ政府の外交諜報活動のエージェントもやっていたといわれます。

冷戦時代の1979年、ソビエトがアフガニスタンに軍事侵攻したとき、共産主義がイスラム世界を支配することを恐れたサウジ王家は、アメリカと手を結んで、アフガンのイスラム戦士たちを支援するんですね。結果、イスラム戦士たちは勝利し、ソビエトは撤退、ソ連邦崩壊へとつながるのだけど、9・11は、このアメリカとサウジアラビアのつながりの延長にあるんだ。陰謀説、唱えたくなるよね。

時を経て、オバマ政権になった2011年5月2日、アルカイダの首謀者であるオサマ・ビンラディンは、アメリカの特殊部隊によって殺されました。ビンラディン殺害の報を受けて、アメリカ国民は狂喜した。9・11の犠牲者が、これで浮かばれると。オバマ大統領は、その勝利演説のなかで、「ビンラディンは、イスラム指導者ではなく、イスラム教徒をも大量殺害した人物だ。彼の死は、平和と人間の尊厳を信じるすべての人に歓迎されるべきものだ」と言いました。
さて、彼が殺されたのは、どこでしたか。

パキスタンです。

そう、アフガニスタンではなく、パキスタンで殺されました。アメリカが9・11を契機に、自衛のために開戦した戦争の舞台はアフガニスタンで、パキスタンではありません。
ここで、ちょっと考えてほしいのですが、もしもですよ。ビンラディンが日本に潜伏していたとしましょう。……福島では無理だな。

(笑)。

ビンラディンは髭モジャだし、ターバンしているし、背が2メートル近くあるから、福島じゃ、すぐ目立ちますよね。でも、東京の新宿歌舞伎町あたりだったらどうかな。あそこは外国の犯罪組織も多いから、髭を剃ったら潜り込めるかもしれない。起こりそうもない話ですが、でも僕がもしアルカイダだったら、アメリカの軍事力の拠点である日本に潜伏させるというのは、けっこう悪くないアイデアだと思う。
荒唐無稽だと思うかもしれないけれど、設定として考えてみましょう。


QUESTION
東京の新宿歌舞伎町にオサマ・ビンラディンが潜伏していた。
それをアメリカのCIAが探知。突然、アメリカの特殊部隊のヘリがあらわれ、
ビンラディンを狙撃して死体もろとも帰っていった。
アメリカ軍は日本政府にまったく知らせずに奇襲作戦をおこなった。


みなさんは、この行為についてどう思うか。いけないとすると、その根拠は何か。

勝手なことするな、とは思うけれど……。

日本の警察はどうなっているんだということだよね。日本の警察にまったく知らせずに、日本人の日常生活の真っ直中で奇襲作戦をするわけだから。
現実の奇襲作戦では、パキスタン政府は「寝耳に水」という公式見解を出しています。民衆は、主権侵害だと当然思うわけです。アメリカに勝手なことさせて、政府はいったい何をやっているんだと怒り心頭。だからパキスタン政府は、「知らなかった。アメリカ軍が勝手にやった」と責任回避するしかない。日本の場合はどうなるだろう。

感情的には、外国軍が日本国内で勝手なことするな、というのはありますが、実際問題、アメリカが日本政府に知らせたとしても、それから行動に移るまでに時間がかかって逃げてしまうので……アメリカにまかせて、かかわらないほうがいいんじゃないかと思います。

もし歌舞伎町にいるって、日本政府が最初に突き止めたとしても、絶対アメリカに報告して、アメリカにやってもらうと思う。日本人がそれを知っても、なんでアメリカに勝手にやらすんだ、なんて言うかな? しかたないって思うような気がする。

なんか、若い君たちが、そこまで日本政府に対して現実的だと、うれしいような、悲しいような(笑)。

でも、歌舞伎町という、人がたくさんいるところで奇襲なんて、確実に何人か巻き込まれる。日本という場所で起こっていることに加えて、被害者も日本人に出てしまいます。じゃあ、都会じゃなくて、あまり人のいない田舎だったら……と考えてみましたが、やっぱり日本の主権問題があるし、いけないと思います。

実際の現場でも、もしビンラディン側が激しい抵抗をしていたら、戦闘状態になった可能性は大きいですね。では、現実にビンラディンが潜伏していたのは、どのような場所だったか。「灯台もと暗し」という言葉があるけれど、まさにそういうところだったのです。

首都から近い、閑静な住宅街で

パキスタンは大きな国で、面積は日本の約2倍、人口1億7710万人です(2011年時点)。パキスタンは、歴史的にアメリカと密接な関係にあります。冷戦時代は、アフガニスタンに侵攻したソビエトをやっつけるための前哨基地になった。当時のアフガニスタンは、ソ連邦、中国、敵国イランに囲まれているから、アメリカにとって利用できる隣接国はパキスタンしかない。現在のテロリストとの戦いでも、アメリカがアフガニスタンで戦争するには、パキスタンの協力が必要不可欠です。

パキスタンとアフガニスタンの国境付近は険しい山岳地帯で、勇猛で独立心の旺盛なパシュトゥン族が住み、パキスタン政府にとっても歴史的に覇権の及ばなかった地域です。かつてパキスタンがイギリスから独立する前の英領インドだったときも、イギリス軍が覇権を拡大しようとするも、結束の固い部族の抵抗にあい、撤退を余儀なくされています。独立後も、ここの難攻不落を知るパキスタン政府は、部族たちに大きな自治権を与え、それと引き換えに、外交上はパキスタンの領土になってもらうという約束の下、ずっとやってきました。

このアフガニスタンとパキスタンの国境部分が、ソ連との戦いではアメリカから支援を受けたイスラム戦士の、そしてアメリカが敵になった今では、テロリストと改名された、同じイスラム戦士たちの軍事拠点となっているのです。

アメリカはアフガニスタン側から敵をパキスタン国境に向かって追い詰めますが、それをパキスタン軍に挟み撃ちにしてもらわないと意味がない。だから、9・11後、パキスタンは、アメリカからの圧力で、パキスタン建国史上初めて、この部族地域にパキスタン軍を進軍させました。当然、「約束が違う」と地元からの激しい抵抗にあい、パキスタン軍が自国民と交戦するという状況を招いてしまった。

アメリカの無人爆撃機は、この地域で使われています。国境近くのパキスタン側に発進基地の一部を秘密裏につくったりしている。無人爆撃機によって民間人が巻き添え被害で殺され、パキスタン国内世論は反米に沸きます。主権侵害だ、政府はアメリカの言いなりかと怒る。パキスタン政府は、「アメリカが勝手にやっている」と言い訳するしかない。事実、被害が出るたび、パキスタン政府は、アメリカに対して主権侵害だと抗議しているのです。

でも、無人爆撃機の基地設置の許可は誰が出したのかというと、パキスタン政府に決まっています。もともと無人爆撃機攻撃は、暗殺、つまり諜報活動の一環で、トップシークレットです。パキスタン政府の覇権が及ばない部族地域で起こっていることで、グレーな部分だらけなのですが、外交上、パキスタンは外国のいかなる軍事介入も許さない主権意識の強い国家で、アフガニスタンに駐留する米軍もパキスタン側に領域侵犯しないことが原則なのです。このへんの外交の裏と表の問題、想像力、はたらくかな?

で、オサマ・ビンラディンも、この国境付近に潜伏しているものと思われていた。もしくは大都市カラチ。すごくゴチャゴチャ密集したスラム的な大商業都市で、人の目につきやすいけど、いろんな犯罪組織の温床で、そういうネットワークに入ってしまえば警察も買収できるし、捜索を巧みにかわしながら、混沌のなかに身を隠せる。


ところが、オサマ・ビンラディンがアメリカ軍に殺された場所は、パキスタンの首都イスラマバードから目と鼻の先の閑静な住宅街、それも退役したパキスタン軍関係者も多く住むアボタバードというところでした。こんなところに、それもかなりの長期間、家族と一緒にどうやって潜伏していたんだ、と。誰にとっても灯台もと暗しだったのです。

アボタバードは住宅地なだけに、パキスタン人に巻き添え被害が出ることも十分考えられた場所だと思う。奇襲に使われた2機のヘリのうち1機は、隠れ家の庭に落ちています。これが、もしまわりの民家に墜落したとしたら、どうだったか。

自国民を「敵」にしなければならないパキスタン

ビンラディン殺害で、パキスタンとアフガニスタンの関係はどう変わったんですか。

ちょっと込み入っていて、アメリカとの三角関係で捉えないといけません。
アフガニスタンは、タリバン政権崩壊後、復興が続いているけれど、残党は息を吹き返して、米軍との戦闘が同時進行している。当然、一般民衆の巻き添え被害が起こります。市街戦でタリバンと米軍の板挟みになり一般市民が犠牲になるのは、よくあるパターンです。テロリストがいそうだと情報を得て家を急襲したけれど、ガセネタで一家皆殺しにしてしまったとか、目も当てられない事件が多発している。

2001年以来2011年まで、低く見積もっても1万4千人の一般市民が死に、そのうちアメリカとその連合軍の攻撃によるものは約7千人弱になります(米国ニューハンプシャー大学と国連アフガニスタン支援団による年次推定数を筆者が加算した)。テロリストによって殺された人たちのほうが多いとはいえ、これはひどい。ガセネタの誤爆による大きな被害が起きると、アメリカは謝罪しますが、アフガンの国民感情は収まりません。

これは、民衆のなかに潜伏し、カメレオンのようなテロリストを相手にする戦争の性かな。
こういう戦争で「勝つ」ということがあるとしたら、テロリストを寄せ付けない、彼らが無理に入ってきてもすぐに通報してくれる、必要ならば一緒に武器を手に取ってくれる、テロリストを自らの意思で排除してくれる民衆になっていただくしかないのです。現地社会に、過激化に抗する「免疫力」をつけるということです。

でもそんなこと、アメリカに限らず、外人がいくらチョコレートを配ったって、できっこない。民衆が心から信頼できる(そしてアメリカの言うことを聞いてくれる)現地政府をつくるしかないのです。現実には、現地政府にお金をつかませ、公共事業をバラまいて住民の心を買うことなんだよね。莫大な金が、アメリカ、そして日本のように協力する連合国から「国際協力」というかたちで現地政権に流れるのです。

これが、現在のアメリカの対テロ戦略の基本原理なんだ。けど、現地社会にはいろんな政治グループの対立構造があるはずで、すべてが親米ということはありえない。だから、手っ取り早く親米のグループをえこひいきして、その政権を擁立することになっちゃう。当然、妬みの構造を生むし、足の引っぱり合い、裏切り、談合が起こる。その結果、汚職がはびこり、外国がこんなに援助しているってニュースで聞くのに何も届かない……と、民衆の心がどんどん離れてゆく。そういうわけで、アメリカとアフガニスタンの現政権の関係は、構造的には主従関係、でも感情的には微妙なんだね。

一方、ビンラディン殺害後、アメリカとパキスタンの関係は明らかに悪くなりました。9・11を企てたアルカイダをかくまったタリバン政権は、かつてパキスタン軍とその諜報機関から支援を得ていたのです。

パキスタン政府は、表面上はアメリカに協力しているけれど、裏では一部の人間が敵と通じているんじゃないかと、アメリカはずっと疑っていた。それが、ビンラディンのアボタバード潜伏で、白日の下にさらされたわけです。内部の手引き、協力なしで、あんな場所に潜伏できるわけない、と。
だからこそ、アメリカにとっては、パキスタン政府に内緒で奇襲攻撃をやったという言い訳にもなるんだけれど。

パキスタンは、アフガニスタンの内政に、ずっと介入しつづけてきました。なぜか。地図を見れば実感できるよ。イギリスから分離独立して以来、ずっと仇敵であったインド。そのインドと戦火を交えてきた場所で、今でも両国の国境紛争の焦点であるカシミール地方。その左下には、ただでさえ覇権の及ばない部族地域があり、さらに下にはイランにも隣接する、分離独立運動が盛んなバルチスタン地方がある。


パキスタンにとって、国の定義を脅かす問題が、ごろごろアフガニスタンに接してころがっているんだ。

もしアフガニスタンにインドの影響が及び、アフガン側から、そういう地域の不穏分子を支援するようなことが起きたら、パキスタンという国の基本形が崩れちゃう。だから、アフガニスタンに、常に親和的な政権を樹立することは、パキスタンにとって国是に近い政策だった。それで、かつてのタリバン政権を支援し、政権を樹立させたんだ。

そのタリバン政権をやっつけて、アメリカが誕生させたアフガン新政権は、当然、パキスタンに猜疑心を抱いています。今でも、タリバン残党をパキスタン国内にかくまっているから、テロリストとの戦いが終わらないと非難している。パキスタン政府は、とんでもないと否定しているけどね。

こんな感じで、アフガニスタンやアメリカによるパキスタン批判は勢いを増し、まったく信用ならん国だと国際的にも孤立感が大きくなっている。“違法に”核兵器も保有しているしね。でも、そういう非難って、相手がビビって、自ら更正してくれるように作用すればいいけど、北朝鮮への制裁と同じで、いっそう頑なにしちゃうものです。パキスタン国内のナショナリズムをさらに刺激してしまい、過激分子が勢いを得てしまう。

気をつけなければならないのは、パキスタンは指導者を選挙で選ぶ、れっきとした民主主義国家であり、テロ撲滅を国家の目標として掲げていることです(まあ、その民主主義は、軍部が裏で支配しているのだけれど)。テロリストの問題は、アメリカだけの問題じゃない。まずパキスタン自身のジレンマなのです。だって自国民を「敵」にしなければならないのだから。

日本人の主権意識が「平和」の源?

ビンラディンが殺害された日、僕はアメリカCNNの衛星放送を観ていて、思わずコーヒーカップを落としそうになりました。まさかアボタバードだったなんて……。
そして、こんな場所でアメリカ軍単独じゃ、無理だろうと思った。アメリカの特殊部隊はヘリコプターで急襲したのですが、周囲を確保する地上部隊の提供は、パキスタン軍、諜報機関が極秘にやらないと、この場所では不可能だろうと思ったんです。

つまり、かつてのタリバン政権を支援し、タリバン政権崩壊後もビンラディンをかくまってきたのがパキスタン軍・諜報機関内の旧勢力だとしたら、アメリカの力を借りて、これら旧勢力を殲滅したい新勢力が現れ、ついに内部で覇権抗争が始まったかと思った。

パキスタン軍の諜報機関の長官は、スジャ・パシャという人で、実は僕の友人なんです。
パキスタンは、表向きは民主主義の体裁を整えながら、気に入らない政権を軍事クーデターが排除してきた、実質は軍政国家です。一方で、国連外交に非常に熱心で、アフリカなどの国連平和維持活動にも積極的に国軍を提供している。

彼に会ったのは、シエラレオネで武装解除をしていたときです。彼は、パキスタン軍約2000人の部隊を率いていた司令官で、一番凶暴な民兵がいる最前線で武装解除を一緒にやった仲間、いわば戦友なんだ。平和維持活動って、他人の問題への介入だよね。国軍は、基本的に自国を守るためにあるから、国連の多国籍軍としてアフリカのために働くなんて、やっぱりふつうは本気出さない……。でも、彼と彼の部隊は、ほんとに勇敢だったんだ。

その後、彼は本国で出世して、パキスタンを陰で操る「本当の政府」と呼ばれるISI(軍の諜報機関)の長官になった。ここ数年、パキスタンに行くたび茶飲み話をしています。民主主義を標榜し、国連外交を積極的にやるのが表の顔だとしたら、タリバンのような他国のテロリスト支援までやるのが裏の顔。そのパキスタンの二面性の歴史をつくってきたのがISIなんだけど、この強大な組織のなかでも、世代交代とかいろんな確執があるんだろうなー、なんて感じを僕は受けていた。真実はわからない。これから、いろんな小説やハリウッド映画の題材になるのかもね。

パキスタン国民の反米感情は高まるばかりです。アメリカは、パキスタン国軍、政府関係者のなかにも、諜報エージェントをたくさんつくってきました。悲しいかな、パキスタンは貧しい国で、買収は簡単にできる。

ビンラディン殺害も、アメリカが、パキスタン政府で働く医者のひとりを買収し、同じくそういうエージェントから得た情報でアボタバードに目をつけ、その医者に偽りの無料ワクチン接種プログラムを実行させた。妻、子供と隠れ住んでいたオサマ一家の隠れ家を絞り込むために、付近の住民のDNAを採取したんですね。この医者は国家反逆罪でパキスタン当局に逮捕されました。パキスタンの民衆は怒ります。パキスタン人自身にパキスタンを裏切らせたアメリカ、と。激しい反米感情が、民族の威信を賭けたナショナリズムを刺激し、それがイスラム原理主義と共鳴する。

ビンラディン殺害は、アメリカにとって、たいへん大きな外交リスクだったのは、当たり前です。主権侵害といった国際法上の問題は、アメリカ自身がわかっていたはずだから。加えて、ビンラディンの殺害が、死後、彼をより神格化させる方向に作用するリスクもわかっていたと思う。

でも、最大のリスクは、「イスラム国家でありながら同じイスラム教徒の友人を異教徒アメリカに売った卑怯者の政府」と、国民に思わせてしまったことです。パキスタン自身が自ら過激化に抗する免疫力を、アメリカが弱体化させてしまった。

それでもアメリカは殺害計画を敢行した。前任者のブッシュさんが始めた戦争とはいえ、戦争がらみの外交政策ではパッとしなかったオバマさん。支持率が低下気味だったこともあり、やっぱり「復讐の達成」を選んだのだね。

インドと戦火を交え、国内に分離独立運動を抱え、アメリカに攻撃されているパキスタン国民の主権意識は非常に敏感です。
日本人は、どうでしょう。そこまでの主権意識はあるかな。歌舞伎町でオサマ・ビンラディンの奇襲作戦があったとして、日本政府が「知らなかった」と言ったとしても、主権侵害だと怒る人はいるだろうけど、ヘーっ、で終わっちゃうんじゃないかなと、僕も思う。アメリカの違法性云々より、国会で野党が政府の危機管理体制を糾弾するだけだったりして。

2004年、沖縄で、普天間飛行場から飛び立ったアメリカ軍のヘリコプターが墜落する事件が起きました。沖縄国際大学という、普天間基地のすぐ近くにある私立大学のなかに落ちたのですが、幸い、日本人の負傷者はいませんでした。このとき、日本の消防車も警察も、一切そこに近づくことはできなかった。アメリカ軍が日本の私有地にバリケードをつくって封鎖し、日本人の誰をも立ち入らせなかった。

僕は、アフガニスタンやイラク出身の学生を沖縄に連れて行く際、この大学と交流するんだ。交流後、彼らはどう感じるかというと、「現場には事故を忘れないための記念碑が建っているものの、あまり大きな反対運動は起こっていない。なんだかんだ言っても、アメリカとうまくやってるじゃない」と。彼らの国では、アメリカへの抵抗は、自爆テロだからね。

これは別に、日本人を腰抜けだとバカにしているのではないよ。日本人がもつ、この偉大な許容力と寛容性は、どこからくるのだ?と、興味をもつみたい。

沖縄国際大学の事件は、日本人にとって主権とは何かを考えさせるものだったけど、パキスタンでナショナリズムを刺激したように、日本でも右翼の人たちを刺激しそうだよね。でも右翼が怒っている様子はあまり見えない。どうしてだろう。右翼の敵、左翼は、おしなべて沖縄米軍基地反対だからかな。反応すると、右翼と左翼という対立軸が崩れちゃうから。

だったら、日本人にとって主権とは、右・左のイデオロギーを超えて団結しなきゃならないシリアスな問題ではない、ってことだろうか。我々の主権意識というのはその程度かもしれない。でも、この不感症が“平和”の源かもね(笑)。
だからこそ、アメリカ軍が歌舞伎町で奇襲作戦をすることは十分可能で、なおかつ国際法的な違法性への誹りをかわすには、日本は最適な場所だったのかもしれません。

次項「「テロリスト」と命名されるとき」は、書籍『本当の戦争の話をしよう ――世界の「対立」を仕切る』でお読み頂けますと幸いです。次回は「まえがき」を公開いたします。(編集部)

題辞(本の装丁デザイン)=寄藤文平+吉田考宏(文平銀座)
絵=伊勢崎賢治

[著者紹介]

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「まえがき」へつづく

伊勢崎賢治
『本当の戦争の話をしよう』

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プレハブ校舎にて、「紛争屋」が高校生に本気で語った、日本人と戦争のこれから。
「もしもビンラディンが、新宿歌舞伎町で殺されたとしたら?」「9条で、日本人が変わる?」「アメリカ大好き、と言いながら、戦争を止めることは可能か?」
伊勢崎さんがこれまでやってきたこと、見てきたこと、とりかえしのつかない失敗。すべてを正直に伝え、そんな自身の経験・視点を、ひとつの材料として高校生に伝えながら、現在の日本と世界が抱える問題を考えてゆきます。