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7.13.2011

時評 第5回

ドクター・ショッピングと原発情報

大澤真幸

福島第一原子力発電所の事故以来、原発の安全性についても、放射線リスクについても、専門家のあいだで意見の一致が見られない。報道に接し、解説を読み、資料にあたっても、正解を得る手がかりさえも摑めないような気がしてくる。「正しい情報なんてあるのか」「どれも信用できない!」との思いにとらわれないだろうか。これを「リスク社会における仮説の発散」と見るとどうなるか。インフォームド・コンセント、倫理委員会、セカンド・オピニオンにも共通する、この危機にあって私たち全員を拘束する「条件」が浮上する。(編集部)


私は、5月に、ここ朝日出版社から『社会は絶えず夢を見ている』(以下『社会・夢』)を出した。これは、講義集で、収録した講義はすべて、3.11の出来事の前に行ったものだが、その内容が、3.11とふしぎなほどに共振しているので、自分でも驚いている。そのことは、このBlogでも読めるようになっている、『社会・夢』の「あとがき」にも記しておいた。『社会・夢』で提起した論点と原発事故(にともなう出来事)との関連について、もう少し論じておこう。

6.10.2011

時評 第4回

原発問題と四つの倫理学的例題

大澤真幸

原発事故の収束は見通しが立たず、事故による避難者数は約10万人と推計される。この三ヶ月の間に次々に明らかにされる事故対応の不備、齟齬、無策、隠蔽、糊塗。中部電力浜岡原発は停止に追い込まれ、圧倒的な不信感が日本を覆っているかに見える。ところが、脱原発派は多数ではない。先月、かろうじて「原発消極派は57%」と集計されたにとどまるのだ。青森県知事選でも、原発推進派の現職が三選を果たした。これだけの被害と不信を日ごと募らせても、なお原発と縁を切ろうとしないのはなぜか。経済効果では説明しがたい。そこにどんなメカニズムが働いているのか。(編集部)

昨年、NHK教育テレビの講義で注目を集めた、政治哲学者のマイケル・サンデルは、第一回目の講義で、倫理学者や哲学者の間ではよく知られている、次のような思考実験的な例題に言及している。今、あなたは電車の運転手である。しかも、不幸なことに、あなたの電車は、故障してブレーキが利かなくなっている。さらに不幸なことに、あなたの電車の前方の線路には、5人の作業員が仕事をしていて、あなたの電車が猛スピードで近づきつつあることにまったく気がつかない。このまま走り続けたら、あなたの電車は5人を轢き殺してしまうことになる。

5.27.2011

時評 第3回

想定外のリスクをいかにして想定するか
──原発の安全ための最小限の提案

大澤真幸

連載時評第三回。原発推進派と脱原発論者の対話が成り立たない、としばしば言われる。では、こんな提案はどうだろうか。「もし安全な原発がありうるとすれば、今までとは圧倒的に異なった意味で安全だと見なしうる原発があるとすれば、それは、脱原発派が挑戦的に提起してくるようなリスクにも耐えられるような原発を建設できた場合のみであろう」。


将来の原発の安全性に関して、具体的な提案をさせてもらいたい。

私は、中長期的な視野にたったとき、原発を全廃するしかないと思っている。東電の福島第一原発の事故の現状を知ったとき、またこうした事故にいたるまでの歴史を前提にしたとき、原発をすべて廃炉にするという結論以外に、将来の安全性を保障する責任ある判断はありえない。これが私の考えである。

5.20.2011

時評 第2回

福島第一原発の現場労働者を
支援しよう

大澤真幸

新著を刊行した大澤真幸さんによる「時評」第二回です。原子力発電所の帰趨をにぎるのは作業員の方々である。彼らの苛酷な労働環境を想像するとき、私たちにできることはないのだろうか、と思わずにいられない。大澤さんの提言をお読みください。


今、日本で、いや世界で最も重要な仕事、最も多くの人の最も基本的な運命を左右する仕事は、東京電力福島第一原子力発電所にある。日本の運命は、福島第一原発の労働者の働きにかかっていると言って、過言ではない。したがって、われわれ全員が、日本人はもちろんのこと世界中の人々が、福島原発の労働者を支援してもよい立場にある。

今回は、この福島第一原発の労働者について書いておく。内容は難しくはない。ごく単純なことばかりである。

5.10.2011

時評 第1回

浜岡問題の隠喩的な拡張力

大澤真幸

まもなく新著を刊行する大澤真幸さんが、毎週「時評」を寄せてくださることになりました。第一回は、浜岡原発。ある政治的な決定に触れると、だれしも何か不満を触知する、そんな習性はどこに起因するのか、どうやって脱出するか。

ウィンストン・チャーチルは、労作『第二次世界大戦』の結末で、政治の役割、政治における決定の神秘について論じている。学者や専門家は、いろいろな案件について、複雑で多様な分析結果を提示する。その分析結果から示唆される選択肢のそれぞれに関して、それに賛成すべき理由ひとつに対して、反対すべき理由がふたつあるとか、逆に、反対すべき理由ひとつに対して、賛成すべき理由がふたつあったりする。専門家たちは、だから、必ずこう言う、「一方でOn the one hand...、他方でOn the other hand...」と。こうした状況で、誰かが、はっきりと決定しなくてはならない。決定というこの行為が十分な根拠をもつことは、絶対に不可能である。その不可能なことを引き受ける者、それが政治家だというのが、チャーチルが言わんとしたことである。