8.12.2013



ジュンク堂書店池袋本店で、岡ノ谷一夫著『「つながり」の進化生物学』の夏休み連続イベントを行います。第一弾は、『カラスの教科書』(雷鳥社)の松原始さんとの「カラス対ジュウシマツ」という、鳥づくしの楽しいお話でした。

第二弾・8月22日にお招きするのは、『皮膚感覚と人間のこころ』(新潮社)がさまざまな媒体で話題となっている傳田光洋さんです。(編集部でも2007年、傳田さんの『第三の脳』を刊行していますが、息長く読まれつづけるロングセラーです)。

「さわりあう心」と題して、傳田さんと岡ノ谷さんが、ヒトが「毛」を失い、言葉が生まれるまでのコミュニケーション(皮膚と言葉の起源)について、そして意識・心、コミュニケーションの未来について、対話してゆきます。

傳田さんが8月の対談の前に、「私の皮膚研究遍歴」をお話ししてくださいました。イベント前にお読みください。イベントともども、どうぞよろしくお願いいたします!(編集部)


なんとなくそうなった ――私の皮膚研究遍歴など

いつも風呂場でゴシゴシこすってる垢の元、厚さが0.1ミリもない表皮の中にさえ、外の世界を知るための精密な感覚装置、その情報を処理するメカニズムがあります。そしてその表皮が、わたしたちの心にも影響を及ぼしている証拠がいくつも見つかってきています。あるいは精緻な文法を持つ言語をジュウシマツがしゃべっていたり(いや、さえずっていたり、かな?)、地下で複雑な情報組織社会を営んでるネズミもいるんですね。

そういう「いのち」の様々な営みを見ていると、わたしたちが生きているこの世界は、とても大きく深い知恵で満たされている――科学者の台詞じゃないと叱られるけど、「神秘」という言葉を使いたくなります。日々の生活に疲れたとき、そんな「神秘」に想いをはせると、ちょっと気分が良くなります。自然科学にはそんな効用もありますね。

ところで私は最初から皮膚の研究者を目ざしていたわけじゃないんです。いろいろあって、なしくずし的に「皮膚の研究をしろ」という状況に陥ってしまった。そのうち「皮膚は自分のバリア機能をモニターしながら、バリアがダメージを受けると修復する――そういう知的な臓器なんだ」というサンフランシスコの皮膚科学研究者が発表した論文を読んで、こりゃおもしろい、とその研究者に弟子入りしました。二年ほど猛烈に仕事して、帰国後もさらに研究を続けるうち、皮膚に脳と同じ情報処理システムが見つかったり(「興奮」して荒れた皮膚にトランキライザーを塗ると皮膚も落ち着くんですよ)、色、音、その他、いろんなシグナルを皮膚が感じている可能性も見えてきました。

その頃、依頼をいただいて、皮膚に関わる仮説をあれこれ展開してできたのが『第三の脳』という本です。そして、さらに研究を続け、あるいは他の研究者の成果をみていると「仮説」が次々に事実になってきていて、そのあたりを科学的な背景も丁寧に説明しながら書いたのが『皮膚感覚と人間のこころ』です。『第三の脳』でも触れた進化やこころ、命のあり方についても、できる限り綿密な証拠をあげ、根拠になった実験の詳細まで書きこみました。そのため、「今度の本は難しいね」なんて言われたこともありますが、皮膚という「臓器」の大変な意味、それをいろんな人にしっかり伝えられる本にはなったと思ってます。

そういういきさつなので、「皮膚ってそんなに面白いのかなあ」という人はまず『第三の脳』を手にとって「ほんまかいな?!」と驚いていただき、そこで皮膚のすごさをより詳しく知りたい人は『皮膚感覚と人間のこころ』を読んでください。まだ仮説のままの事もあるので、どっちから読んでいただいても結構です。

今、数学者さんたちとの共同研究で、皮膚の若返りや痒み対策ができないか、なんてことを考えています。『皮膚感覚と人間のこころ』の最終章でそのいきさつを書きました。この研究を進めながら、頭の中の実験室では、人間の皮膚が、現代の文明にどう関わってきたのか、どう関わっているのか、そして、これから人間はどう生きるべきなのか、それに答えるための仮想実験も進めたいと思っています。

傳田光洋(でんだ・みつひろ)

傳田さんが、数学者との共同研究でつくられた動画はこちら
世界は数式でできている|資生堂

「つながり」の進化生物学