12.29.2017

南国科学通信第4回「アリと自由」

全卓樹
第4回 アリと自由


Pour l'anniversaire de Yumi.

アリは本来自由であった。

地をって生きるアリであるが、彼らは元々は天からやってきた。アリの祖先は大空を舞うハチなのである。大国家を打ち立てるために、アリは自らはねを切り落として地上に降り立ったのだ。

アリが翅を切り落とす、というのは比喩でなく、文字通りそうなのである。一般のアリは進化の途上で翅を失ったが、女王になるべく育てられた処女女王アリと、彼女らとつがうためだけに生まれたオスアリたちだけは、翅をもっている。新たな王国を始めるため母の巣から飛び立ったアリの新女王は、結婚飛行を終え地上に降り立つと、自らの翅を切り落とすのだ。

ちなみにオスアリはすべて、一度だけの飛行で自由を味わって自らの役目を終えると、そのまま落ちて息絶える。

翅を落としたのちの女王アリは、巣穴を掘って卵を産み、最初の世代の働きアリとなる娘たち育て上げると、あとは生涯、ただひたすら卵を産むことに専念する。女王は君臨すれども統治することはない。働きアリたちは卵を育て、自ら数を増して、社会システムを自ら組み上げ、巣穴を広げ餌場を広げ、アリの王国は領土を広げていくのである。

しかしすべての王国に順調な発展が保証されているわけではない。ある女王アリにとっての棲息適地は、当然他の女王アリにとっても適地である。発展するアリの王国の最大の敵は、同族異族のほかのアリの王国である。


第一次世界大戦時のドイツの風刺画
Berlin State Library


屈強の兵隊アリをそろえた防衛軍も、往々にしてほかのアリの王国との戦闘に敗れる。とりわけ恐ろしいのは、戦闘と支配に特化した、奴隷狩りをするサムライアリの種族である。

12.13.2017

南国科学通信 第3回 アリたちの晴朗な世界

全卓樹
第3回 アリたちの晴朗な世界

高知工科大学で理論物理学の研究をしている全卓樹さんに、自然界の様々な階層を旅する科学エッセイを連載していただきます。月に二度、十五分だけ日常を離れ、自然の世界をのぞいてみませんか?(編集部)


人間は生物界の長をもって任じている。人間は地上すべてのバイオマス(生物量)の30%あまりを占め、脊椎動物界の食物連鎖の頂点に立っているので、その自任は根拠なしとはしない。人間をのぞいては、農業を行い牧畜ぼくちくを行い、王国を共和国をそして大帝国をきずく生物などいないではないか。

しかしはたしてそれは本当だろうか。

世を広く見渡すと、じつは意外なところに、人間以外で農業を行い牧畜を行う生物が、王国を共和国をそして大帝国を築く生物がいる。

それはアリである。

アリはまずもって数が多い。個体あたりで人間の何十万分の一しかない軽さながら、バイオマスとしては人間に匹敵するほどとも言われている。つまり重さで測って地上のバイオマスの3割ほどを占めるのである。昆虫界でもこれは異例の多さである。

アリの長所はその特異な賢さである。それは集団としての賢さ、個体間の協力から生まれる「社会的な知性」であり、そのためにアリは驚くほど精緻せいちに組織された社会をもつ。個体が協力して集団で狩猟を行う動物は少なくない。しかし農業を行うほどに社会的組織を発展させた生物は、アリと、そして我々人間だけである。この社会的知性ゆえに、アリは地上のあらゆる環境に適合しさかえて、それで数が多いのである。

アリは3,000種ほどの種族が知られていて、それぞれ非常に異なった多彩な生活形態をもつ。小さな家族単位で生活する一匹オオカミ的例外を除いて、すべてのアリが、種ごとに異なった、しかしどれも高度に組織化された社会のなかで生活している。1億5000万年におよぶ長い進化の過程を経て、あらゆるタイプの社会形態の実験を行なったかのようである。個々の巣のサイズも数千匹のものから、数百万におよぶ巨大なものまで、じつに幅広い。部族規模を超えた社会組織については、6千年そこそこの歴史しかない我々人間が、アリから学ぶことも多いはずである。