7.23.2018

南国科学通信 第9回 多数決の秘められた力

全卓樹
第9回 多数決の秘められた力

多数意見というものは、どのようにして生まれてくるのだろうか。誰にとってもこれは大きな関心事である。実際身の回りを振り返っても、われわれの仕事時間の大きな割合が、職場や家庭の各人の考えをどう集約していくか、という問題に費やされている。

社会の多数意見の形成の過程に、なにか数学的な法則のようなものはないのだろうか。人間は個々には自由意志を持ち、予測不可能な決断を行うこともあるが、多数が集まる時、ちょうど多くの原子が集まって水や塩や金属になる時と同様に、何か簡単な法則が立ち現れるのではないか。そう考えて「世論力学」というものを考案したのが、フランスはパリの理工科大学、エコール・ポリテクニークの理論物理学者、セルジュ・ガラム博士である。

世論力学の出発点は、われわれの周囲で日常的に行われる民主主義的な多数決選挙の、突き放した観察であった。


Jean-Baptiste Siméon Chardin,
Retrato de Auguste Gabriel Godefroy, 1741


多数決の通常の数学的正当化は「三人寄れば文殊の知恵」の原理に基づいている。判断の確度が5割以上ある人たちを集めて、各人独立な曇りない意見をもちよって多数決をおこなえば、人を増やすにつれ10割にいくらでも近い判断の確度が得られる、というのである。この原理を発見したのは18世紀フランスのコンドルセ侯爵であるが、事情はインターネット直接民主主義の効用が唱えられている現在でも変わっていない。

ところが往々にして、民主的選挙の実態はそんな想定とはかけ離れている。何かの議題が持ち上がったとして、おそらくは素人であるわれわれの大部分は、考えたとて何か良い判断ができるわけでもない。さらにわれわれは他人の意見に左右されやすく、たくさんの人の意見を集めても意外とどれも口真似ばかりだったりする。結果として、定見と確信をもった少数の人の判断が、またたく間に多数に広がることになる。

ガラム博士は、民主主義の古典的理念よりもむしろ、この実態を模写した数理的なモデルを組み上げることを通じて、多数決の働きを理解しようとしたのである。

ガラム理論では、賛否の意見をもった個々人がたくさん集まって多数決に参加する状況を想定し、その際すべての個人が二つのタイプのいずれかに属すると考える。定まった意見があって常に賛成または反対の意見を持ち続ける「固定票タイプ」と、他人の意見を絶えず参考勘案して賛成反対を決める「浮動票タイプ」である。

浮動票タイプの個人は、最終的な判断に至るまで自分の意見を何度か変えるが、その度に数人の意見を参考にすると想定される。われわれ自身何かの賛否を決める際、定見があったり強い利害があったりする場合は別にして、新聞やテレビやネット、友人同僚の意見をちょうするなどするものだが、通常そんなに熱心に調べて回るわけでもない。通販でものを買う際レヴューを読むにしても2−3ほど見て済ますのが常である。ガラム博士は大胆にも、この「数人の参考意見」を「ランダムに集まった自分も含めた三人による多数決」に従った意見の変更、と見做すことにした。


ガラム理論の図解:白黒で表された賛否の意見をもった個人が、ランダムに3人ずつ組み合わされ、その中で多数決をとって色を更新する。ただし星型で表された固定票タイプの個人は多数決に従わず自分の色を維持する。更新が終わるとグループはバラバラに解散する。このプロセスを白黒の比率が安定するまで繰り返す。

このような各人の意見の調整、変更が繰り返し断続的に起きて、集団全体の賛否の比率が安定になるまで続くと考えるのである。ガラム博士はこの過程を確率分布の時間発展を記述する方程式で表した。そしてそこからいくつかの興味深い結論を得た。

南国科学通信 第8回 三人よれば文殊の知恵

全卓樹
第8回 三人よれば文殊の知恵

あやまちは誰にでもある。しかし世にはあやまちが決して許されず、完璧に近い精度が要求される物事が多くある。道路の赤信号が誤作動して青になることは、たとえ100万に1でもあってはならないだろうし、銀行の出入金管理は最後の1円に至るまで、常に正しいことが期待される。われわれの業界でいえば入試成績の取り扱いなどもそうである。

そのような場合によく行われる対応が、判断者を単体ではなく複数にして事にあたるやり方である。いま探偵事務所に偽札の鑑定の依頼が来たとしてみよう。所員である探偵と秘書と探偵見習いの3人とも、偽札の扱いはお手のもので、9割の確度で正しく行えるとする。三人がそれぞれ互いに影響されずに独自に鑑定を行い、結果を付き合わせて、齟齬そごがある場合は多数決で鑑定結果を出すことにしたらどうなるであろうか。

三人ともが正しい判断をする確率は 0.9 x 0.9 x 0.9 = 0.729 である。二人が正しく一人が間違える確率を考えると、まず特定の誰かが間違えて後の二人が正しい確率が 0.1 x 0.9 x 0.9 = 0.081 なので、誰が間違えるかに探偵、秘書、見習いの3通りあることを考えれば、それは 3 x 0.081 = 0.243 である。結局三人で鑑定を行ってニ人以上が正しく判断する確率は 0.972 となる。

つまり一人で9割の正確さでできる事を3人で行って多数決をおこなうと、その確度は9割7分以上に向上する。もし各個人の確度が9割5分だったとしたら、3人による多数決の確度は、同様のやり方によって、9割9分を超えていると計算できる。

「三人よれば文殊の知恵」といった昔の人は、当然この事実に気づいていたのだろう。判断する人数を3人でなく5人、7人と増やすとさらに精度が上がってくる。

インターネット上のデータのやり取りでは、同等なデータを複数送っては所々で多数決をとる「エラー補正アルゴリズム」が必ず内臓されている。実際エラー補正なくしては、通信に混入する雑音のために、安心して通販の注文もできないことになる。

さてここで、読者諸氏にクイズをやってもらう事にしよう。まず直感的に答えてみて、それから確率計算に慣れている人は、鉛筆を動かして数字を出してみてほしい。

探偵事務所に偽札鑑定の依頼があって、所員3人での多数決で鑑定をおこなうところまでは同じだが、探偵と秘書は9割の確率で正しく偽札をみやぶれるが、探偵見習いの鑑定力が少し劣っていて、6割の確率で正しい判断ができるとしてみる。この場合、正解率9割の探偵か秘書どちらか1人に業務を全部任せるのと、3人が集まって多数決で判断するのと、どちらが上策だろうか。

7.09.2018

南国科学通信|第7回 付和雷同の社会学

全卓樹
第7回 付和雷同の社会学

フランス語に「パニュルジュの羊みたいに」という表現があって、付和雷同ふわらいどうする様をさす言葉である。智慧者のいたずら屋パニュルジュの物語に由来するのだという。彼を笑い者にした商人から、リーダーと思しき羊を一匹買い取ったパニュルジュが、すぐさま羊を海に投げ込むや、残りの羊も皆海に飛び込んで、商人は大損をしたという故事である。

人間だれしもの心には、多かれ少なかれ付和雷同の習性が根深く巣食っている。パニュルジュならぬわれわれはむしろ、付和雷同心を逆手に取った賢い商人たちの宣伝にのって、日々細々ほそぼそと損をする消費者となったりする。

『ガルガンチュワとパンタグリュエル』第四の書より
パニュルジュの羊

物事を決めるときに他人の判断に頼る傾向と、それがもたらす社会的な帰結については、数理物理学的社会学の大家、ダンカン・ワッツ博士の有名な研究を見るのが良い。「人工的文化市場における不平等と予測不能性の実験的研究」と題された2006年の論文で、アメリカの「サイエンス」誌に掲載されている。

ワッツ博士のグループは、インターネット上に音楽ダウンロード・サイトを作った。サイトの訪問者は1万5千人近くに上り、彼らが被験者となったわけである。訪問者はみな、18組の新人アーティスト・グループの手になる48曲のリストを見せられる。曲はどれも試聴可能で、訪問者は曲に1から5の評価をつけたのちに、1曲ダウンロードできるという仕組みである。

訪問者たちは、彼ら自身気づかぬ間に、9つあるグループのどれかに振り分けられる。振り分けられた各訪問者の画面には、それぞれのグループ内での曲の評価の集計が、ポイントとして表示されるようになっている。つまり各訪問者は、それまでの他の訪問者の評価の集計を見ながら、自分の評価を下すわけである。ところが第1のグループだけ特殊で、ここでは他の訪問者の評価は表示されない。つまり第1グループでは訪問者は自分の耳と感性だけで曲を評価するわけである。そして残りの8つのグループは、同じ0評価から出発して、他人の意見を見ながらの評価が積もっていく、いわば8つの並行世界となる。

実験結果を一言で言うと「付和雷同の心が超人気曲をランダムに生み出す」である。