6.16.2018

本棚会議vol.2『先史学者プラトン』刊行記念|後半


人類の夜明けをめぐる本棚会議

本棚会議vol.2『先史学者プラトン』刊行記念

<後編>

本棚案内 山本貴光+吉川浩満 井手ゆみこ(ジュンク堂書店人文書担当)


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●UFO・宇宙人・超古代史棚


吉川:……まあ、アトランティスときたら、UFO、宇宙人、超古代文明ということで、けっこう親しみの……みなさんに親しみがあるかどうかはわかりませんが、このアトランティスには親しみのあるテーマです。

山本:ムー大陸とか、オーパーツとか。実際、プラトンの『ティマイオス』でもアトランティスの描写をするなかで、ファンタジーの世界でよく活躍する、「ミスリル」という謎の金属が出てくるんだよね。そういう話もつながる。

吉川:ミスリルなんて、こないだまで、私、別に好きでやってたわけじゃないんですが、ライトノベルの校正の仕事をしてたんですけど、めっちゃ出てくる。

山本:あはは。

吉川:魔法みたいな金属で、もうなんでもできちゃう。
あと、これね、みなさん、ご記憶にないかもしれないですけれど、『神々の沈黙』(紀伊國屋書店)って覚えてないですか。3千年前まで人間には意識がなかったっていう話ですね。じゃあどうしてたのかっていうと、神からの声を直に聞いてたんですよ。だから、いまの、現代のわれわれみたいな自己意識、俺はとか私はとか、そういうのが一切なかったっていう。……まあ、なんていったらいいですかね……トンデモ、というのかわからないけれども、でも、すごく興味深い。案外、そうかもなと思わせないこともない。
『神々の沈黙』

山本:心がなかった時代っていうのはね。

吉川:だって、われわれだって、ほとんどの時間、心なんてないわけですから。

山本:ちょっと問題発言(笑)。でも、確かにそうだ。

吉川:あと、まあ、果たしてその方向に進んでいいのかっていう問題はあるけれども、『先史学者プラトン』を読んで本当にアトランティスに興味を持った人は、どのへんを読めば……。

山本『失われた世界の超古代文明FILE』

吉川:ああ、このへんですかね。

山本:ムーだね、これはね。

吉川:そっちにいっていいのかっていう問題はありますけれども、まあ、あります。興味がある方は、あとでこっそり手にとって……。

山本:こういうのも歴史と背中合わせで必ず出てくる。証拠があるような、ないようなときに、「こういう可能性もあるじゃん」という話が出てくるわけですね。

吉川:こういう、ある種の陰謀論みたいなものは、切っても切り離せないものですね。なにか物事を探究するときには絶対に出てくる。

山本:出てくるし、いちおう、その話に対してどういう態度をとるのかは考えておきたい。常に出てくるだけに、完全にスルーってわけにもいかないから。

吉川:うん。


●魔術・錬金術・占星術棚


吉川:錬金術とか神秘思想、占星術にご興味ある人、どれくらいいるかわからないですけれど、ちょっとね、『先史学者プラトン』から離れますけど、魔術の話、ちょっとしていい?

山本:いいよいいよ(笑)。

吉川:私、魔術にまったく疎くて、なんにも知らないんですけど、でも、言いたいことがひとつあって。つまり思い入れがあって、個人的に。

山本:うかがいましょう。

吉川:私が最初に勤めた会社は国書刊行会という出版社で、この本を売ってたんですよ。『法の書』っていう、20世紀最大の魔術師といわれるアレイスター・クロウリーの本。……まあ、そもそも魔術師ってなんなんだって話ですけど。オジー・オズボーンが歌ってたりして、すごく有名な人ですよ。「ミスター・クロウリー」なんて曲もあってですね。
『法の書』

井手:あ、『法の書』は、いまでもすごくよく売れます。

山本:最近もね、『麻薬常用者の日記』が新装版で出てました。

吉川:でね、これ、袋とじになってるんですよ。本文が全部袋とじになってる。


全員:ええ…!?

吉川:本文まるごと(笑)。でね、「本書は非常に強力な魔術的パワーを秘めています」と。「開封後、9ヵ月後にいかなる災害、大戦争、天変地異が生じても、小社は一切の責を負いかねます」って書いてあるんですよ。

『法の書』を開く吉川さん

全員:ふふふ……。

吉川:でもね、これ、売り本じゃないですか。で、国書刊行会で働いていると、どんどん返ってくるわけですよ。返品で。見たら、ぜんぶ袋が破ってあるんですよ。当たり前ですけど。っていうことは、ほぼ毎日、破られてるわけじゃないですか。だからそれを見て、ああ、毎日何かが起こってもおかしくないなと思って。実際、ニュースを見ると、毎日どこかで必ず悲劇が起こっていて、クロウリーは正しかったな、と(笑)。

山本:うん(笑)。

吉川:もうひとつね。私が会社に入ったときに、この『黄金の夜明け魔法体系』っていうシリーズを会社がやってたの。黄金の夜明け団っていう有名な魔法の団体があって。ゴールデン・ドーン、略してGD。そこでね、編集部に、のちに私の妻となる、先輩の編集者がいてですね。

山本:お、なんかいい話の流れに。

吉川:なにやってるんですかって見たら、この『黄金の夜明け魔法体系6性魔術の世界』の編集を、額に汗してやっていて。性魔術って、わかります? セックスマジック。おそろしいですよね。この第6巻はいまたぶん品切れだと思うんですけど。いやぁ、とんでもない本を出してる会社に入っちゃったもんだなぁ、と。……以上です。

全員:(笑)。

山本:一部では「特殊版元」とも敬意をもって呼ばれる国書刊行会のお話でした。私も昔、この叢書読んだなあ。それはともかく、『先史学者プラトン』につなげると、この本では、先史時代のいろんな遺跡から出てくる呪術の道具や儀式の痕跡も検討されています。その儀式とは、一面では魔法ともいえますね。

『魔術の歴史』と山本さん

ちなみにこの棚で私のお勧めを3冊だけ挙げましょう。この『魔術の歴史』(人文書院)、『錬金術の世界』(青土社)。
『魔術の歴史』

それと、ついこの前訳された『ピカトリクス』(八坂書房)という、これは中世ヨーロッパの伝説の魔法書です。この時代、天体(マクロコスモス)の動きがわかると、それに対応して人間(ミクロコスモス)や社会の動きもわかるという発想がありました。いまでも星占いがありますけど、その原型みたいなものですね。宇宙、天体の動きは観察と理論的な予測を通じて科学的に解明できる。その動きの法則がわかると、世界がもしそれに対応しているなら、私たちの運命もわかる。そうした知識に基づいて魔術を使う。魔法を使いたい人にもお勧めです(笑)。

おそらく先史時代にも、天変地異が起きたり、日食などの天体現象が生じたとき、人々が「あれはなんなのだ」というと、こういうことをわかっていそうな人が「これはなになにの徴候である」とか「宇宙はこうなっておる」という話をしていたかもしれない。
『錬金術の世界』

吉川:まあ実際ね、『先史学者プラトン』でもたくさん出てくるけど、イニシエーションっていうのは必ずあるし。

山本:どこかに入会するときに、くぐらないといけない儀式のことをイニシエーションというのでした。

吉川:われわれだって、じつはイニシエーションをくぐって、しょうもない会社で、わけわかんないことをさせられたりとかしながら生きているからね。そういう意味ではけっして無縁ではない。

『ピカトリクス』

山本:そうね(笑)。

●世界の宗教棚:ゾロアスター教は


山本:宗教コーナーは、キリスト教徒と仏教が大半を占めますね。『先史学者プラトン』としては、ゾロアスター教というわけで、このあたりにあります。(宗教棚の一番下の棚を指さす)

吉川:ちょっと下のほうになってしまうんですけど。

山本:でも、文献があるのはすごいね。

吉川:ちゃんとあるよ。

山本:『ゾロアスター教史』とかね。
『ゾロアスター教史』

吉川:あと、この、『失われた宗教を生きる人々』(亜紀書房)の1章がゾロアスター教を扱っているけど、でも、現代でも、まだぜんぜんあるんですよね、ゾロアスター教は。
私ね、車を運転しているときに、意味なく放送大学のラジオを聴くのが趣味なんですけど。そうすると、まったく勉強しようと思ってなかったことがたくさん耳に入ってくるじゃないですか。そのなかに、ゾロアスター教の紹介があって。

山本:うん。

吉川:なんかね……、友だちがゾロアスター教の信徒で、儀式をするところにちょっとお邪魔させてもらって、録音してきたとかっていって、その音を聞かせてくれたんだけど。なんか、音楽みたいなものが流れていて……そりゃあ音楽ぐらい流すよね……ぜんぜん伝わらず申し訳ない。


『失われた宗教を生きる人々』
山本:なに情報だよ(笑)。

吉川:うん、まあちょっと、……うん、ゾロアスターっぽい感じで。

山本:あ、『後期アヴェスタ語文法』なんて出てるんだね。これ、買ってきます。

井手:アヴェスタ語っていうのは、ゾロアスター教の? 何語なんですか?

山本:アヴェスターっていう文献(ゾロアスター教の経典。「ガーサー」がもっとも古く、ザラスシュトラ自身の作とされる)があって、『先史学者プラトン』にも登場する、けっこう大事な文献なんですけど、その言語を読み解くわけです。

吉川:ゾロアスターって、ザラスシュトラが、非常に革命的な宗教改革者だったっていう話で、おそらくはここでもいいですけど、なんだっけ、講談社学術文庫でゾロアスターの本が最近出たばっかりなので。

『ゾロアスター教』
お客さん:メアリー・ボイスさんの本ですか。

吉川:はい、文庫のところにいけばあるかな。

山本:そうね、あの本がいいかも。

井手:あ、1冊あります。

吉川:本っていうのはね、あったときに買わないと。言っちゃ悪いけど、とくに最近の、1冊千円以上する文庫は、だいたいすぐに品切れになります。

山本:そうそう。だから出会ったときに手に入れないとね。

吉川:念のためにいうと、ここで売れたからといって、べつに私たちにギャラが入ってくるわけじゃないですからね。

●歴史書棚 中央アジア史から考古学棚へ


山本:歴史書も、バランスとしてはどうしても、ヨーロッパ、アメリカ、中国が多いですよね。中東はそのあたりですね。

吉川:ほんと、確かに少ないよね。

山本:で、あるものも、イスラーム以降の話が多くて、それ以前の文献は、実は日本語でそんなにたくさんは読めない状態ではある(論文はまた別として)。そんななかで関係してそうなのはあるかな。

吉川:まだ、考古学の棚のほうが、関係あるかもしれない。

山本:そうだね。ここはなかなか難しい。

井手:考古学棚へ移動しましょう。

吉川:ちょっと、これなに? って思う方、いらっしゃるかもしれない。『黒いアテナ』(藤原書店)。おもしろいじゃないですか、タイトルがすでに。
『黒いアテナ』
これ、どんな話かっていうと、ちょっとね、『先史学者プラトン』と似てるっちゃ似てるんですよ。私たちが歴史を見る際の視点をひっくり返そうっていう本で。要は、古典古代といわれるギリシアとかの文化っていうのは、だいたい白人中心的に描かれてきたけれども、じつはルーツはもっとブラックな、アフリカやアジアから来てるんだっていっている本です。たいへんな話題になりました。『黒いアテナ』ってタイトルもよかったんですけど。そのあと、すごい批判が起こって。

山本:大論争だった。

吉川:今度は『『黒いアテナ』批判に答える』という本もあるという。ぜんぶでこれ、1、2、3、4、5冊。『黒いアテナ』シリーズ。

『『黒いアテナ』批判に答える』
山本:キリスト教でもイエスがほんとうはどういう人だったのかというので諸説あるものね。

吉川:こないだも、コンピュータグラフィックスで再現されたイエス・キリストの顔っていうのが出ていました。まあ、われわれは、だいたい、映画や絵画で見て、なんか髭生やしたヒッピーみたいな白人っていうイメージが(笑)。

山本:刷りこまれてる。

吉川:うん、刷りこまれてる。でも、その再現されたものでは、もうちょっとね。ちょっとよくない言い方ですけど、ハリウッド映画に出てくる中東のタクシー運転手のおっちゃんみたいな。なんかこう、まん丸い顔のね。

山本:ぜんぜん違うイメージなんだよね。
『ムギとヒツジの考古学』
で、この棚でいうと、この「世界の考古学」シリーズは、私たちも翻訳するときに、けっこう読みました。同成社という考古学を専門にしている出版社です。たとえば『ムギとヒツジの考古学』はダイレクトに関係する本です。『先史学者プラトン』でも、旧石器時代から新石器時代に移ったとき、なにがいちばん革命的かというと、定住がはじまって、それとともに穀物を育てたり、動物の飼育を始めたことだという話が出てくる。これは、まさに翻訳の参考になった本です。



『ムギとヒツジの考古学』を手にする山本さん

吉川:やっぱり、農業と牧畜っていうのは、ものすごく巨大なインパクトで。あとでまたお話しすることになるかもしれませんが、『サピエンス全史』の著者のハラリさんなんかは、それが人間の転落、不幸の始まりだったみたいな言い方をしますけど、まあ、そのぐらい大きな事件で。これを実体験してみたいっていうか、どんだけ体験できるか知りませんが、そういう人はカルディに行ってみてください。

山本:輸入食品店ね。

吉川:カルディに行くとですね、古代小麦が売っています。エンマー小麦といって、それでできたパスタ、ペンネみたいなものが売ってるんで食べてみてください。この本の編集者の方が買ってきてくれて、私も家で茹でて食べてみて、なんとなく『先史学者プラトン』の気分に……(笑)。

山本:でも、先史時代の設定だから、調理するときもガスは使っちゃだめだよ。

吉川:ふつうにもう、カチンカチン! ってやりましたけど。

お客さん:美味しかったですか?

吉川:いや、ふつう……、っていうか、まあ、まずいわけはないですよね。なんですかね、気のせいかな……ちょっとだけ粉っぽい感じっていうか、素朴な感じ? でもそれ、どう考えてもプラセボ……。

山本:認知バイアスだよね。

吉川:みなさんも、ぜひ機会があったら。犬に食べさせたら、犬もすごい喜んで。なんか、ヒトとの古代の記憶がよみがえったかなっていう感じでしたね……。

山本:あと、ブックリストをつくったときに入れておいた、現在の考古学とその歴史についてのお薦めの本がありますので(『考古学―理論・方法・実践』(東洋書林))、それをご覧いただくといいですね。
『考古学―
理論・方法・実践』
あともうひとつ、つなげておきたいのは、この『先史学者プラトン』に序文を寄せてくださった國分功一郎さんも、少し前に議論していましたが、古代ギリシア以前の哲学について考えてみるのもおもしろい。今日もプラトンの話から始まりましたけれど、従来、西洋哲学の歴史というと、文字として遡れるのはプラトン、そしてその前のプレソクラテス(ソクラテス以前)までは書いたものが断片的に伝わっている。ここが古代ギリシア哲学の最果てということになっていた。
ところがプラトンの『ティマイオス』を読むと、エジプトの神官に、ソロンが話を聞く場面が出てくる。エジプトの神官から、「ソロンさん、あなた方ギリシア人は子供のようだね」とかいって、ちょっと上から目線で諭されるシーンがある。そういうことを考えると、哲学の歴史を古代ギリシアで行きどまり(始原)と考えるより、その前の古代エジプトやメソポタミアまで、もう一歩さかのぼって、そのあとに始まったギリシアの哲学や数学を捉え直したほうが、もっと豊かにものが考えられるんじゃないか(実際、数学史では古代エジプトやメソポタミアも視野に入っている場合が多いです)。
ただ、そうなんだけど、まだあまりよくわかってないことも多い。ここにはたぶん、どんぴしゃな本はないのですが、英語だと『古代ギリシャ以前の哲学――古代バビロニアにおける真実の追求』(Philosophy before the Greeks: The Pursuit of Truth in Ancient Babylonia)のように古代オリエントの哲学的な営みを研究している本がいくつか出ています。この方面の研究が進むと、やがて哲学史が、場合によっては書き換えられる可能性もあるかもしれません。

吉川:実際、プラトンの『ティマイオス』と『クリティアス』のなかで、エジプトの神官がソロンにめっちゃ上から目線で話すんだけど、それは上から目線っていうよりは、むしろ当然の態度だったかもしれないよね。やっぱりエジプトのほうが文化と歴史のある土地だったわけだから。そう考えると、失われたものは大きい。われわれにはわからないことがたくさんある。でもまあ、時間がたてば、すこしはわかるようになるかもしれない。

山本:そうそう。あと、ついでながら言えば、古代メソポタミア方面で最近すごくありがたいのは、ネット上で、あちこちの博物館や大学が、粘土板に刻まれた楔形文字の古代シュメール語とかアッカド語の文献をデータベースにして読めるようにしてくれているんですね。なにしろ粘土板だから失われずに残っている。最近、文書管理がいろいろ問題になっていますが(笑)。
Electronic Text Corpus of Sumerian Literature [ University of Oxford ]

粘土板(メトロポリタン美術館所蔵)

吉川:やっぱ、粘土最強だね。

山本:粘土板は5千年残るからね。

吉川:デジタルデータ、だめだね。

山本:こうした粘土板には、まだ読み解かれていないものもたくさんあって、それを検討していくと、ひょっとしたら、いま話したようなことが出てくる可能性もある。
これとの関連では、古代メソポタミアの神話でそれこそ『先史学者プラトン』に洪水の話が出てくる。古くはギルガメッシュ神話(紀元前2千年ごろの成立といわれる、バビロニアの叙事詩)に見える話ですね。ギルガメッシュ神話も、ちくま学芸文庫に翻訳があるので、関心がある方は探してみてください(『ギルガメシュ叙事詩』)。少し前に、ギルガメッシュ神話の、いままで知られてなかったくだりが刻まれた粘土板が出てきたという話がニュースになっていました。そうすると、いままで、われわれがギルガメッシュ神話だと思って読んでたお話はなんだったの? といったことも起きる(笑)。あとから隠し設定がわかったみたいな状態で、すごく面白い。
『ギルガメシュ叙事詩』
そういうことが、まだまだ出てくると思うので、そんな面でも注目すると楽しいですね。

吉川:あともう一個、それで思い出したけど、あんまり縁起のいい話じゃないですけど、そうだと思われていたことが、実は捏造の産物だった、っていうこともあってですね。記憶に新しいところでは、日本の弥生時代、縄文時代かなんかの記録が、かなりの捏造を含んでいて、教科書から変えなきゃいけなくなったみたいな話がありましたよね。
実は、この『先史学者プラトン』でも、セットガストさんはなにも悪いことはしてないんですけど、この本の中で最も興味深い資料を提供してくれているジェームス・メラートさんという人がですね。これ、まだ確定してないですよ。いまのところ告発あっただけで、アカデミアでそう認定されたわけではないんですけど、メラート氏が亡くなったあと、ロンドンだかの彼の自宅アパートから、捏造した土器とおぼしきものが見つかって。どうも、なんか、やばいことしてたんじゃないかと。

山本:彼が掘り出し、発見したと言われているものと、まったく同じものが彼の部屋にある。捏造してたという疑いが出てくる。

吉川:まだ、告発の段階です。ただ、それがねえ、あながち嘘ではないかもしれない。ただね、どこまでが捏造でどこからが正しいのかっていうのも、よくわからないだろうと。だから、何年かかかって検証されることになると思うんですけど、たいへんです。メラートさんの発掘したものは、かなり多いので。この本をご覧になっていただいた方は、そのへんを調べてみるっていうだけで、ちょっとしたお楽しみがありますね。アフターサポート的な(笑)。

山本:自分で?

吉川:自分でアフターサポートを勝手にする。『先史学者プラトン2・0』をつくるのは、あなたです的な(笑)。

山本:そうだね(笑)。最後のコーナーにつなげる話をしましょうか。セットガストさんが序文に書いているんですけれど、従来の考古学では、研究が細分化されて木を見て森を見ない状態になっていた。木はたくさんある。ではそれら全体を見たとき、森としてなにが見えてくるか。それをやってみましょうというのがこの『先史学者プラトン』なのです。メラートさんの証拠が、仮にぜんぶ偽物だった場合、セットガストさんが描いてみせた巨大の絵のどこが損なわれて、どこが損なわれないのか。そういう観点で見ていくといいと思います。
こんなふうに細かい個々の証拠をつなぎ合わせて、大きな絵を描いてみせる手法については、近年「ビックヒストリー」と呼ばれたりもしていますね。最後にそこへ話をつないで終わりましょう。

●世界史読み物 世界史ビジュアル棚


吉川:ビッグヒストリーって、いろいろありますけど、おそらくいちばん人口に膾炙したというか、われわれに親しみあるのは、この本ですよね。ビジネス業界でもたくさん売れたそうで。日本だけでも50万部ぐらい売れてるらしい。
山本:『サピエンス全史』(河出書房新社)ね。
『サピエンス全史』

吉川:もし、お読みでない方は、騙されたと思って読んでみてください。すごくおもしろいです、びっくりするぐらい。宣伝になりますけど、ここに『『サピエンス全史』をどう読むか』っていう、あの……明らかに便乗企画と思われる副読本が本篇と同じ版元から出ていて、これに私がなぜか、著者でもないのにインタビューに答えているという。

山本:どんなインタビューなの?

吉川:この本はこんな本ですっていう(笑)。

山本:霊言みたいな(笑)。

吉川:でもこれ、すごくよいです。池上彰さんも出ています。池上彰さんと著者のハラリさんが対談してて、その次に、まあ私が。
『『サピエンス全史』をどう読むか』

山本:同じ方面でもう1冊挙げるならなにかな。

吉川:まあ、あとは、有名だけど。

山本:ああ、ダイヤモンドね。

吉川:『銃・病原菌・鉄』(草思社)はですね、有名な本ですけど、もう絶対に読んだほうがよい本です、死ぬまでにね。ちなみに、ここだけの話だけど、好みでいうと、『サピエンス全史』より好きですね。
『銃・病原菌・鉄』

山本:いまは文庫になっていましたね。

吉川:読むのにけっこう苦労すると思いますけど、でも、何年に一回、何十年に一回の読書と思えるくらいすごい本です。
あと、もうすこし言うと、ちょっと古い本ですけど、スティーヴン・ミズンっていう人の『心の先史時代』(青土社)っていう本があって、これ、おもしろい。認知考古学といわれる、昔の人間がなにを考えてたかっていう本ですね。

山本:先史時代、文字がない時代の人間が何を考えていたかだね。
『心の先史時代』

吉川:確かに、ちょっとわからないところがありますからね。『神々の沈黙』が置かれているのはオカルト棚ですが、この本は歴史棚に置かれていますね。

山本:怪しさの度合いが違うという。

●吉川さんと山本さんの本棚は


お客さん:ええと…すみません。あの、ご自宅の本棚はどんな感じになってるのかということをですね、ぜひ、本棚会議としてお聞きしたい。それと、月刊の書籍購入費。どのぐらい本棚が埋まっていくかっていうことを教えていただければ。

山本:クリティカルな質問がきた。

お客さん:いやいや、こんなに買う気になってる人もいるんで。

吉川:ありがとうございます。クリティカルというか、悪質だと思うんですけど(笑)。
まずね、本棚からいうと、ジュンク堂さんには悪いですけど、私の家の本棚は、これよりいいです。

全員:(笑)

山本:まさかの本棚自慢(笑)。

吉川:べつに豪邸じゃないですよ、ぜんぜん。6畳しかないんですけど。つまり、ふつうの一人暮らしの部屋ぐらいしかないんですけど、本棚だけは大工さんにつくってもらったんですよ。

全員:へえ。

吉川:これよりもっと分厚い木で。

山本:棚板が薄いと本の重みで曲がっちゃうからね。

吉川:うん。で、360度、天井までつくってもらいました。もちろんドアや窓はありますよ。でも、ドアや窓が終わったところから上に本棚がある。そういうふうに360度にしたら、ちょっと「バベルの図書館」っぽいじゃないですか。ボルヘスのね。

お客さん:6畳の。

吉川:6畳のバベルの図書館。

お客さん:で、月間書籍購入費は。

吉川:うーん……知られてはならない事情もありますからね……。

お客さん:あの、正直、新刊買うとき、ああ、家に入らないなぁなんて、ためらうみたいなことってないですか。

吉川:ああ、それなんですけど、私はいちおう解決してて。ちょっと本屋さんでこの話をするのは気が引けるんですけど。私、紙の本も買うんですが、読む前に自炊しちゃうんですよ。電子化しちゃう。以前は、本当に本が……いくらバベルの図書館でも6畳ですから、もうあふれてしまって、部屋での仕事や生活ができなくなって困ってたんですけど、いまや、どれだけ買ってもぜんぶPDFファイルにすればいいから。

お客さん:じゃあ、紙で読むことはあんまりないですか。

吉川:大事な本とか、読書会で使う本なんかは、2冊買います。書きこんだりするのは、PDFだとものすごく大変なんですよ、少なくともいまの技術では。

お客さん:じゃあ、山本さんは。

山本:はい……これ、話しづらいね(笑)。私も、住んでる家の壁は、ほとんど棚にしてあります。棚にはとうてい入りきらないので、言うとお恥ずかしいですけど、玄関から奥まで、いわゆる平積みがこのぐらい(肩の下ぐらい)の高さで積み重なっていて、そのあいだを獣道みたいに、人が一人通れる、つまり私が通れる道があって、っていうふうになってます。
どのくらい本を買ってるかは、私も言えません(というのは端的に把握していないからです)。もしご関心がある物好きな方がいらしたら、私のインスタグラムをご覧ください。手元に来た本の一部を、写真で毎日アップしております。こんな本が棚にはいってるんだ、というのを見るのが楽しいという方は、あとでフォローしていただければ……でも、見たらあきれられるかもしれない(笑)。
https://www.instagram.com/yamamototakamitsu/

吉川:あ、私も山本くんのインスタを見て、あ、この本買ってなかったって、けっこう買います。私のインスタは犬ばっかりですけど。
http://picbear.online/clnmn

お客さん:電子書籍化はどんな感じで。

山本:以前はしていなかったんですが、少し前から始めました。というのも、以前、吉川くんの家を片づけに手伝いにいったことがあるんです。

吉川:あんときはわるかった。

山本:なかなかすごい状態だったんだけど、それが電子化しはじめた途端とてもきれいになって、居心地よくなったんだよね。

吉川:そう。あのね、これ本気で申し上げますけど、よく、インチキな宣伝で、いやあもう、これやって人生がすべてうまくいくようになりました、病気は治るし娘は結婚するし息子は就職するしみたいな話って、あるじゃないですか。まさにそれで。ほんとに、本を電子化して、部屋の中に入れるようになって、部屋でふつうに仕事や生活ができるようになってから、すべてがうまくまわりはじめて。

山本:人生がときめくっていうやつね(笑)。

吉川:そうそうそう、人生すべてうまくいくようになりましたっていう。

山本:でね、私はそれまで電子化を一切しないでやってたんだけど、さすがにいろいろ支障が出てきたので踏み切りました。吉川くんに、どういうセットでやればいいかを教えてもらって、それをすぐ購入して。それから1年半ぐらいたったかな。およそ1万冊を電子化しました。電子化されてない本は、たぶん4万冊ぐらいあります。

吉川:司馬遼太郎なみというかウンベルト・エーコなみというか……。まあ、ほんとに、これは書店でいうことじゃないですけど、家の掃除と片づけって、超大事だなっていう。本が好きな人は、必ずそれで困るから。おたがい気をつけたいですね。

井手:なかでご紹介された、岩波文庫とか、下の階にありますので、ぜひご覧ください。本日はありがとうございました。

<了>

プロフィール
★山本貴光(やまもと・たかみつ)
文筆家・ゲーム作家。1971年生まれ。コーエーにてゲーム制作に従事後、2004年よりフリーランス。著書に『文学問題(F+f)+』『「百学連環」を読む』『文体の科学』『世界が変わるプログラム入門』『コンピュータのひみつ』など。共著に『高校生のためのゲームで考える人工知能』(三宅陽一郎との共著)、『脳がわかれば心がわかるか』(吉川浩満との共著)など。

★吉川浩満(よしかわ・ひろみつ)
文筆業。1972年生まれ。国書刊行会、ヤフーを経て、現職。関心領域は哲学・科学・芸術、犬・猫・鳥、卓球、ロック、単車、デジタルガジェットなど。著書に『理不尽な進化』、共著に『脳がわかれば心がわかるか』『問題がモンダイなのだ』(山本貴光との共著)、翻訳に『マインド 心の哲学』(J・R・サール著、山本との共訳)など。7月に新刊『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』を刊行予定。

★井手ゆみこ(いで・ゆみこ)
ジュンク堂書店勤務。人文書担当で「本棚会議」を担当している。(ちなみに、加藤陽子さん『戦争まで』の連続講義は、ジュンク堂書店池袋本店さんで開催したのですが、その際、大変お世話になった方のお一人です。編集部)