6.08.2011

中川恵一
イラスト 寄藤文平
13. 放射線をあびる「範囲」も大事です──局所被ばくと全身被ばく。

放射線をあびる「強さ・勢い」だけでなく、吸収する「範囲」によっても、放射線の人体への影響に、大きな違いが出てきます。

火にあたると、全身が温かくなります。これが行き過ぎると、全身火傷です。空中を飛んでいる放射線を全身にあびるのは、これと同じ状況です。これを「全身被ばく」と言います。

他方、熱いお湯に足を突っ込んだ場合、火傷は足だけになります。この場合、湯気のせいで少しは全身に影響があるかもしれませんが、ひどいダメージは局所的です。これが「局所被ばく」です。

火傷の程度が同じでも(つまり、同じ量の放射線を被ばくするとしても)、全身に負った火傷なのか、それとも局所だけだったのかによって、影響は異なります。火傷の面積によって影響が違う、ということから、直感的におわかりいただけると思います。

 

「局所被ばく」の程度は、人体の「組織ごと」に被ばくした線量をシーベルト(Sv)で表します。(専門用語で「等価線量とうかせんりょう」と言います。)たとえば、甲状腺こうじょうせんに対する被ばくを考える場合には、この「等価線量」が使われます。被ばくした線量に、放射線の種類による影響を加味した数値になります。

「全身被ばく」は、人体「全体」へのダメージの程度を同じくシーベルトで表します。(専門用語で「実効線量じっこうせんりょう」と言います。)臓器ごとの放射線の影響を加味した、体全体に対する影響を表す放射線量です。

これまで本書で「被ばく量」と表現してきたのは、この「全身被ばく」(実効線量)に相当します。

2011年3月24日に、福島第一原発の作業員3名が足に大量の放射線(2〜3シーベルト)をあびたと報じられました。(作業員の方々は3月28日に無事退院されました。)

しかし、より正確には「(局所的な)皮膚の等価線量が2〜3シーベルト(Sv)である」と記述すべきでしょう。同じ線量を体全体にあびていたら致命的な影響が出ていたはずです。

今後ニュースで「何ミリシーベルト」などと聞こえたときには、それが「局所被ばく」(等価線量)を意味しているものなのか、それとも「全身被ばく」(実効線量)を意味しているものなのか、ぜひ注意を払っていただければと思います。


14. 放射線の影響は、「花粉」をイメージするとわかりやすい。

放射線は目に見えず、無味無臭です。そこで、放射線を「目に見える」ものにするために、「花粉」のイメージを借りることにします。この場合の花粉は、放射線という「光」を出す特殊な花粉です(放射性物質の比喩)。

原発は、杉の巨木にたとえられます。杉の木には、厖大ぼうだいな花粉があって、そこから大量の花粉が飛び散っています。普段は花粉が飛び散らないように厳重に管理しているのですが、問題になるのは、今回の福島原発事故のように、花粉が周囲に飛び散ってくる場合。この「花粉」から放射線が出ているからです。

まず、杉のすぐ近くでは、飛散する前の大量の花粉からの放射線で近づくことができません。これは、原発作業者が困っている状況を表します。

杉の木から離れていても、飛散してきた花粉(放射性物質)は体に付着し、あるいは呼吸を介して、また、食物を介して体内に入ってきます。花粉が少量であれば〝花粉症〞を発症せずにすみますが、何年か花粉を吸い続け、人間の体内で抗原抗体反応が激しくなって、ある「しきい値」を超えると、ついにアレルギー症状が出てくるのです。

 

衣類や皮膚に付着した放射性物質から放射線をあびることを「外部被ばく」と言います。他方、呼吸や食事を介して体内に放射性物質が入り、しかも、排泄や汗などによって排出しきれない場合、体の内側から放射線をあびることになります。これを「内部被ばく」と言います。

外部被ばくよりも、内部被ばくのほうが事態は複雑です。体についた花粉(放射性物質)は払えば落とせるし、洗い流せるのに対して、体内に入った花粉はなかなか落とせないからです。また、内部被ばくでは、放射線の量の測定がむずかしいという問題もあります。


15. 「花粉」と同じで、放射線の量と飛ぶ方向が大事。

花粉(放射性物質)の影響は花粉の飛び方でまったく違ってきます。

巨大な杉林の至近距離(原子力発電所の至近距離)にいれば、花粉(放射性物質)の影響をもろに受けるので、そこから避難するのが一番です。どの段階で、どの程度の距離、どの方角に避難すればよいかは、その時々の、花粉(放射性物質)が飛散する量と方向と種類によります。

杉林から遠く離れた人々(つまり、私たちのほとんど)に影響があるのは、風に乗って運ばれてくる花粉によるものです。花粉が風に乗って運ばれてくるように、放射性物質も風に乗って飛散し、拡散します。そして、雨に溶けて降り注ぎます。海中(水中)に放出されれば、やはり拡散しながら移動します。

 

ただし、大気中にしろ海水中にしろ、一気に拡散することはなく、放出された放射性物質はしばらく、〝かたまり〞(プルーム)になって移動します。

ですから花粉の飛ぶ方向、つまり風向きが重要です。3月15日に福島原発から大量に放出された放射性物質が、原発から30キロ圏外の福島県飯舘村いいたてむらや福島市など、福島原発の北西方向に運ばれていったこと、その結果放射線量が高くなっていることがすでにわかっています。いつもは海に向かう風が、この日に限って、北西向きだったのです。この偶然が、飯舘村が避難を強いられている理由です。

放射性物質は必ずしも同心円状に広がるわけではありません。一般に距離が大きくなれば放射性物質の影響は減少しますが、風向きや風力、地形、降雨などで変わってきますので、定点観測(モニタリング)による監視が重要なのです。


16. 放射線の防護対策は「花粉症対策」に似ています。

花粉のたとえを続けます。花粉(放射線を出す放射性物質)を避けることが、被ばくを避けることです。放射線から身を守るのは、花粉症対策と基本的に同じことです。

杉林の比較的近くに住み、花粉症に悩んでいる人にとって、マスクをし、窓を閉め、エアコンを止める(戸外との空気の流れを減らす)ことには、ある程度効果があるでしょう。

戸外と比べれば、コンクリートの建物内では、放射線は5分の1以下に軽減されます。(木造家屋の場合は、被ばく量が10分の1減少。)

 

外出中に衣服や皮膚や毛髪についてしまった花粉(放射線で言えば「外部被ばく」)は、服についた花粉を払ったり、シャワーをあびたりすることで、洗い流すことができます。心配ならば、なるべく家の中に花粉を入れないように、戸外で上着を脱ぐのも効果があります。

しかし、空気や水、食べ物を通じて、体の中に入ってしまった花粉(これが放射線の「内部被ばく」)は、洗い落とせません。花粉がなるべく体の中に入らないように注意するしかないのです。体の中に花粉が入ってしまうと、排出されるまでに時間がかかり放射線の影響もしばらく続きます。

もし、あなたの居住地域の放射線量が高い場合、外から帰ったら、服を着替え、シャワーをあび、うがいをしましょう。食べ物にはラップをかけておき、野菜や果物は食べる前に洗いましょう。外に出るときには、濡れたタオルで口や鼻をふさぐと安心です。

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