6.13.2011

中川恵一
イラスト 寄藤文平
17. 38億年間、生物は放射線の中で生きてきました。

放射線が生命に影響を与える仕組みの鍵は、遺伝子=DNAです。DNAは、ヒモのような形をしていますが(二重らせん構造)、放射線は、このヒモを切断するのです。

紫外線で日焼けなどの皮膚障害が起こりますが、これは、皮膚表面の細胞のDNAに切断が起こるためです。紫外線は体の奥には達しませんが、放射線は、透過力が強いため、体の深部にある臓器の細胞のDNAにも切断を引き起こします。

しかし、私たちの細胞は、放射線によるダメージに「慣れて」います。そもそも、生命が地球上に誕生した38億年前から、私たちの祖先はずっと放射線をあび続けてきました。放射線によるDNAの切断は、突然変異を誘発する原因の一つですが、突然変異が起こらなければ進化が起こりません。自然放射線の存在は、進化の原動力とも言えるかもしれません。

 

しかし、重要な遺伝子にキズがつくと細胞は生きていけませんから、細胞はDNAのキズを「修復」する能力を身につけています。遺伝子の修復ができる種が、自然淘汰の中で生き残ってきました。

自然被ばくのレベルから放射線量が増えても、私たちの細胞には、遺伝子のキズを治す機能が備わっていますから、散発的に遺伝子が切れた場合には、余裕を持って対応できます。

しかし、大量の被ばくになると、「同時多発的」にDNAの切断が発生するため、修復が間に合わなくなり、細胞は死に始めます。(放射線に被ばくしなくても、私たちの体では、毎日たくさんの細胞が死んでいます。約6000億個とも言われます。この分を補うのが細胞分裂です。)

18. 放射線により遺伝子がキズを受ける──確率的影響。

放射線がカラダに与える影響には、二つのタイプがあります。「確率的影響」と「確定的影響」です。「確率的影響」は「発がん」のことを指します。放射線による発がんは、遺伝子が放射線によりキズを受けることによって、がんの発生を招くことが原因と考えられています。

厳密に言えば、遺伝的影響(子孫に対する影響)も、確率的影響に含まれます。しかし、遺伝的影響は動物実験で認められたことがあるものの、原爆の被爆者を中心とした長年の詳細な研究にもかかわらず、ヒトでは認められたことがありません。

 

「確率的影響」=「発がん」が起こる確率は、ごくわずかな量の被ばくであっても上昇し、被ばくした放射線の量に応じて増加するとされています。これ以下の線量ならば大丈夫という境目=しきい値(閾値)はないことになりますが、これはたった一つの細胞の異常(遺伝子の変化)であっても、それががんになる可能性を否定できないからです。

しかし、100〜150ミリシーベルト未満の放射線被ばく(全身被ばくの積算)では、発がんの確率が増すかどうか、はっきりした証拠はありません。

国際放射線防護委員会(ICRP)などでは、実効線量で100ミリシーベルト未満でも、線量に従って、一定の割合で発がんが増加するという「考え方」を〝念のため〞採用しています。

これは、100ミリシーベルト以下でも発がんリスクが増えると考える方が、被ばくが想定される人々にとって「より安全」であるという理由によるものです。

19. 放射線のダメージで細胞が死ぬ──確定的影響。

もう一つ、「確率的影響」と区別しなければならない、生物に対する放射線の影響があります。「確定的影響」です。こちらは、髪の毛が抜けたり、白血球が減ったり、生殖機能が失われたりするものです。

この「確定的影響」は、放射線で細胞が死ぬことによって起こります。逆に、(確率的影響である)発がんは、死なずに生き残った細胞に対する影響と言えます。人間の場合では、遺伝的影響(子孫への影響)は広島・長崎では観察されていませんので、「発がん」以外の影響は、確定的影響だと考えてよいことになります。

放射線のダメージを受けて死亡する細胞が増え、生き残った細胞が、死んだ細胞を補えなくなる放射線の量が「しきい値(閾値)」です。放射線の量が、しきい値に達すると障害が現れますが、それ以下であれば大丈夫というわけです。

 
わずかな量の放射線をあびても発生する「確率的影響」と、ある程度の放射線をあびないと発生しない「確定的影響」(脱毛、白血球の減少、生殖機能の喪失など)は、区別して考える必要があるのです。
 
3月24日、3人の作業者の方が、足の皮膚に等価線量(局所被ばく)として2〜3シーベルト(=2〜3千ミリシーベルト=2〜3百万マイクロシーベルト)の放射線をあびたと報じられました。3シーベルト以下であれば、皮膚の症状(放射線皮膚炎)はまず見られません。しきい値に達しないからです。

実効線量(全身被ばく)で、少なくとも250ミリシーベルトを超えないと白血球も減りません。この線量が、すべての「確定的影響」のしきい値です。これより低い線量では、確定的影響は現れません。(男性の場合、100ミリシーベルトで、一時的な精子数の減少が見られます。ただし、子供に対する奇形などの遺伝的影響は、広島・長崎でも、見られていません。)

そして、私たち一般市民が実効線量で250ミリシーベルトといった大量の被ばくをすることは、まず想定できないのです。私たちが心配すべきは「確率的影響」、つまり、発がんリスクのわずかな上昇です。その他のことは、問題になりません。もう一度申し上げますが、私たちが「心配する対象」は、「放射線でがんが増える」ことです。

20. 発がんの仕組みについて──細胞のコピーミス。

私たちの体は約60兆個の細胞からできています。そのうち、およそ1% 程度の細胞が毎日死にます。髪の毛が抜けるのも、皮膚があかとなってはがれるのも、細胞の死です。その数は、なんと毎日6000億個にものぼると言われます。そのため、減った(死んだ)細胞を細胞分裂することで補っているのです。

細胞分裂では、細胞の〝設計図〞である遺伝子(DNA)をそっくりコピーする必要がありますが、人間のやることなので、ときどきミスを犯してしまいます。このコピーミスが遺伝子の突然変異です。

コピーミスを起こす原因としては、タバコや化学物質やストレスや老化などがありますが、放射線の影響もその一つです。

突然変異を起こした細胞のうち、ごくまれに、「死なない」細胞が生まれてしまいます。そして止めどなく分裂を繰り返し大きくなっていきます。この「死なない細胞」が、がん細胞なのです。

 

がん細胞自体は、毎日たくさん発生しますが、免疫細胞が、水際で殺してくれています。しかし、がん細胞は、もともとは自分の細胞ですから、免疫にとっては異物と認識できにくいのでやっかいです。

ある日、免疫細胞の攻撃をくぐり抜けて、ひっそりと生き残ったがん細胞が分裂を重ねて大きくなっていきます。たった一つのがん細胞が検査でわかるほど大きくなるには(約1センチくらいになるには)、10年から20年かかります。

高齢になると遺伝子にキズが積み重なって、がん細胞ができやすくなる上、免疫力も低下しますので、がんができやすくなります。がんは老化の一種なのです。

がん細胞は、コントロールを失った暴走機関車のようなものなので、どんどん増殖します。患者さんから栄養を奪い取りながら、自分が生まれた臓器から他の臓器へと(血管などを通って)領地を拡大していきます(これが転移)。

がんが進行すると栄養不足を起こすだけでなく、かたまりとなったがんによって臓器が圧迫を受けたり、がんが原因で炎症が起こったりします。

第7回へ
(続く)
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