5.24.2011

中川恵一
イラスト 寄藤文平
9. 放射線が変われば、人体への影響に違いが出てきます。

ここで、放射線の基本に立ち返ってみます。(やや込み入った話になりますので、読み飛ばしていただいてもかまいません。)

一口に「放射線」といっても、そこには アルファ線(α線)、ベータ線(β線)、ガンマ線(γ線)、中性子線など、たくさんの種類があるのをみなさんはご存知でしょうか。種類が違えば、性質も異なり、人体に与える影響も違います。

性質の違いは、透過力(物質を突き抜ける力)の違いに現れます。アルファ線(α線)は薄い紙1枚で防げるくらい透過力が弱い放射線です。他方、ガンマ線(γ線)はアルミ板ならやすやすと貫通してしまいます。レントゲンで体内の写真がとれるのも、ガンマ線が人体をすり抜けるからです。

しかし、透過力が低いからといって、安全なわけではありません。たとえば、アルファ線(α線)が体内に入ったときには、ベータ線(β線)やガンマ線(γ線)より、人間に対する毒性が20倍も強いのです(放射線荷重係数:放射線の違いによる身体への影響についての尺度)。言ってみれば、ベータ線・ガンマ線とアルファ線の違いはアルコールと青酸カリみたいなもの。


アルファ線を出す放射性物質にはプルトニウムやウランなどがあります。ただ、プルトニウムは重い物質なので、花粉のように風に運ばれて飛んでくるということはありませんし、水にも溶けにくいものです。

放射性物質が変われば、そこから出る(主な)放射線の種類も変わる。そして、放射線の種類によって、人体への影響が異なる。このことは覚えておいていいかもしれません。

ちなみに、1950〜60年代には、大気圏核実験が盛んに行われました。プルトニウムなど、大量の放射性物質が成層圏まで吹き上げられ、(世界中で)地表に降り注ぎました。当時の放射線量は現在の千倍近くになります。

10. 100〜150ミリシーベルト(積算)がリスク判断の基準です。

放射線の人体への影響として、第一に「発がん」があげられますが、放射線によるがんと放射線以外の原因によるがんを、症状で区別することはできません。

放射線ががんを引き起こすかどうかを知るためには、放射線を受けた集団と、放射線を受けなかった集団、この二つの集団を比べて、発がん率の違いを調べるのです。

原爆を投下され大きな被害を受けた広島・長崎の被爆者を長年調査した結果、だいたい100〜150ミリシーベルトを超えると、放射線を受けた集団の発がん率が高くなることがわかっています。裏を返せば、100ミリシーベルト以下では、発がん率が上昇するという証拠がないのです。

このことは、「100ミリシーベルト以下の被ばく線量ではがんは増えない」を意味するわけではありません。そもそも、200ミリシーベルトの被ばくで、致死性のがんの発生は、1%増加するに過ぎません。この比率を適用して、200ミリシーベルトの4分の1にあたる50ミリシーベルトで、本当に、致死性のがんが0.25%増えるかどうかを検証するだけの「データ数」がないのです。「100ミリシーベルト以下の被ばく線量ではがんは増えるかどうかわからない」というのが本当のところです。

なお、国際放射線防護委員会(ICRP)などでは、実効線量で100ミリシーベルト未満でも、線量に従って、一定の割合で発がんが増加するという「考え方」を〝念のため〞採用しています。しかし、多くの専門家が100ミリシーベルト以下であれば、発がんリスクは上がらないのではないかと考えています。



がんはさまざまな原因で起こります。細胞分裂の際のコピーミスが基本なので、放射線のみならず、老化、タバコやお酒、ストレス、不規則な生活習慣でも起こります。

100ミリシーベルトの放射線を受けた場合、放射線によるがんが原因で死亡するリスクは最大に見積もって、0.5%程度と考えられています。

現在、高齢化の影響もあり、日本人の2人に1人は(生涯のどこかで)がんになり、3人に1人はがんで亡くなっています。つまり、がんで死亡する確率は(だれにとっても)33.3%です。放射線を100ミリシーベルト受けると、これが33.8%になることを意味します。

比喩を使って説明します。人口1000人の村があれば、そのうち333人は、放射線がなくても、がんで死亡します。この村の全員が100ミリシーベルトの放射線を被ばくすると、がんで死亡する人数が、338人になるだろう、ということです。(現実には、増加は5人以下だと思われますが。)

ところで、発がんのリスクは、実はタバコのほうがずっと大きいのです。

日本人の場合、タバコを吸うとがんで死亡する危険が、吸わない場合より、1.6〜2.0倍になります(国立がん研究センター がん予防・検診研究センター 予防研究部)。

一方、2シーベルト(2000ミリシーベルト)もあびないと、がん死亡のリスクは2倍にはなりません。タバコの発がんリスクは、放射線被ばくとは比べものにならないほど高いのです。

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